第9話 仮面の下
それにしてもどうやら俺は挑発されているようだ。なかなか露骨な挑発だな。だが、いい機会だと思い、ここは挑発にのることにした。
「うるせぇ!真面目だよ!じゃあ日曜日デートすんぞ!そこで本気出してやるよ!」
挑発にのったフリをするのに感情を使ったおかげか、それとも断られないという自身からか、デートに誘っているのにも関わらず、不思議と照れはなかった。
東雲は俺からのデートの誘いを聞くと、ちょっと待ってねー、と呟きながらスマホをいじり始めると、少ししてからスマホを閉まって俺の目を見つめる。
「うん!予定無かった!いいよ!」
東雲のことだから予定くらい頭に入っているだろう。今のは「私忙しいけど、時間とってあげる!」アピールだな。うん。間違いない。
こんな勝手な解釈をしていると、東雲は腰を丸めて俺との距離を縮めてくる。やめてくれ心臓に悪い。さらに東雲は追い打ちをかけるように呟く。
「でも、今二人きり……だね?」
突然、東雲が慈愛に満ちた、まるで天使のような笑みを浮かべてきたのだ。先程キモイと言っていたのはなんだったのかという豹変ぶりだが、思わず胸がドキリとする。
これ完全に遊ばれてるな。うん。やられっぱなしは性にあわないし折角だし乗ってやるか。
「そうだな。二人きりだな」
応じると先程までの笑みは消え、冷静な返事が返ってくる。
「いやいやーそんなわけないじゃん。周り人沢山いたし。ただ月瀬君のリアクションが面白いからさー」
「おい。お前から言ったんだろ」
「えー、そうだっけ?」
何だこのボケの渋滞は。
「でも、公衆の面前でイチャつけばイチャつくほど君はこの勝負に負けられなくなるのはわかってるよね?」
公の場でイチャつけばイチャつくほど、身に覚えのない三股暴露の時の衝撃が大きくなるということだろう。
「わかってるよ。というかそんな事しなくても真面目に勝負してるから勘弁してくれ。心臓に悪い」
「え!月瀬君心臓悪いの!どこどこ?お医者さんが見てあげるよ!」
さらに距離を縮めてくる。
「あー、だから近い!近いって!」
「ハハハ、冗談だよ冗談」
もう既に冗談では済まないんですが。というか今の恋人のやり取りか???周りからの視線がすごい痛いのですが。
だが、やられっぱなしも癪に合わない。仕返ししてやるか。周りのヤツらはかぼちゃだと思えばいい。俺はやる時はやる男だ。
「いや、でも体調悪いのはガチだ。熱あるかも」
苦しさをアピールするような表情を浮かべる。すると東雲は想像通りのセリフを言った。
「えー?大丈夫?私が測ってあげるよ」
ニコニコしながら手を伸ばし始め、俺の髪を押しのけて額を触る。
「そんな熱ないよ!大丈夫!」
さぁ、ここからが正念場だ。周りの人たちはかぼちゃ。パンプキン。
「うーん手じゃ分からないんじゃないかな?やっぱりおでことおでこ
合わせなきゃ」
自分の右手で前髪を上げて、普段は髪で隠れている額の姿が現れる。
「え!?えー?いや絶対熱なかったと思うんだけど!?」
東雲の頬に薄い朱色がかかる。
「え?もしかして、照れてるの? 可愛いなぁ?」
「っ!」
そして、挑発する。東雲の顔の朱色がさらに濃くなる。今までの東雲を見ているとこの程度の駆け引きはなんともなくこなすかと思っていたが、想像以上のリアクションをしてくれた。東雲の素のような姿、着飾った仮面の下のようなものを見たのもこれが初めてなんじゃないだろうか。
正直ここで真顔で額をくっつけてくるようだったら勝ち目はなかったが、そんなことはなかったようだ。ここまで来たらもう引き下がれない。空いている左手で思いっきり自分の足をつねる。こうでもしないと津波のように襲いかかる羞恥心に飲まれてしまう。
「いいよ!ならやってあげるよ!熱あるの確かめないとね!」
東雲も自分の前髪を手で上げて額を近づけてくる。
既に距離は十数センチ。相手の顔が段々と近づいてくる。お互いに顔をゆっくりと近づけるのは、まるで誓いの口づけのようで、それを意識してしまうと、さらに全身の血液が脈打っていく。
二人の距離は止まることなく縮まっていく。距離が近づくにつれて、ほのかに心地の良い甘い香りが漂ってくる。
その匂いはまるで俺たちの周り全てを覆ってるようで、本当にここには二人しかいないように思えてくる。
お互いの距離はもう小指一個分になり、ようやくお互いの額が触れ――
――そうになったところで、キーンコーンカーンコーンと機械的なチャイムが鳴り響く。
ほぼゼロ距離にある顔を見合わせて、お互いに目が合うと、
それを残念に思うともに、内心ほっとしていた。あー緊張したぁ。
完全に自分の中の緊張の糸が切れた。
その時だった。
「あーあー残念だっ……ん!?」
急に視界が妨げられた、と思ったのもつかの間、なにか温かく、固いものが額に触れる。
「なーんだ、全然熱ないじゃん!」
そんな声とともに、開けてきた視界には頬を紅潮させた東雲がいた。鼻には心地よい匂いが残っている。
……あ、あー、なるほど、逆にやられたのか。必死に頭で理解する。
「……熱を測るというよりも頭突きだったけどな」
下を向いて呟く。今東雲の顔を見たら死ぬ気がしたからだ。というか、もうしばらく一人でいたい。いやーしかし、東雲を一瞬でも照れさせた俺すごくね?ポジディブシンキング!
帰り際に、私の勝ちっ、と、ぼそっと聞こえてきたが聞こえてないことにした。俺は難聴主人公だからな。
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