第48話 最高の終着
「……で?詳しい説明して?」
そう来ると思ったよ。
俺たちは走りに走り、どこか近くの歩道橋で、一休みしていた。
そう、近くの。
一瞬で俺の体力が尽きたからだ。
いくら脱オタしたとはいえ帰宅部。毎日走り込みをしているわけでもない。体力の無さには自信がある。既に息を切らしている。唇も乾ききって潤いを求めていた。何か飲み物が欲しい。
そんな心境とは関係なしに沈みかけている夕日が歩道橋にいる俺たちを水平に照らしている。
「そうだなぁ。カッコよかったならそれでよくない?」
「ダメ!まずあのデートしてた人誰なの!それになんで月瀬君が私達の事情知ってるの!全部答えて!」
「嫌だ、って言ったら」
「学校に三股疑惑を流す。もっとも疑惑じゃないかもだけど?」
それを言われちゃ無視できない。いや三股じゃなくて二股だけど。いや二股もしてねぇけど。
俺は両手をそれぞれのポケットの中に手を入れ、あるものを二つ取り出して片方を東雲にトスする。
「ぐっ、わかったよ。話せばいいんだろ、ほらよ」
「ん?あ、これって……」
「プレゼント。この前ひか……西野に選んでもらってたんだよ」
東雲は驚きの表情でそれを見ている。
そう、渡したのはあの後結局買えなかったくまのゾンビのキーホルダーだ。
ラブコメで本命がいるのに他の女と遊びに行った噂が流れるのは大体プレゼント選びだ。ソースは今までの俺のラブコメデータベース。
どうだ、これで東雲も安心した表情を……ってあれ?
「……なるほど。ってなると思った?」
「あり?」
「他のプレゼントならともかく、なんで私達が以前一緒に見て、買おうとまでしたキーホルダーを選ぶのになんで女子と一緒に行く必要があるのよ。それに西野さん?のこと今ひか……って言いかけてなかった?」
「気のせい」
「ふーん。なら素直に話してくれたら許してあげる」
「それは出来ない。なぜならこれを話したらまた新しく罪が沢山できてしま……」
「言え」
「はい!すいません!」
いつの間にかにすごい可愛いヒロインが毒舌キャラにシフトするのはちょっとNGだ。
だが、この事は覚悟していたことだ。後々尾を引いてしまうくらいなら大人しく吐いて楽になろう。
真っ直ぐ正面を向き、東雲の顔を見つめると、そこには想像していた怒った顔はなく、むしろさっき見た笑みがあった。
「なーんてね」
「え?」
「私の嫉妬心を煽るためでしょ?酷いことするよね〜」
……先に俺を利用したのはお前らだろ。
というのは別にここで言う必要が無いので胸に閉まっておき、酷いことした自覚はあるので素直に謝ることにした。
「へいへい、ごめんな」
「ううん、私こそごめんね。勝手に私たちの事情に巻き込んじゃって」
別に言わなくても東雲は分かっていたようだ。東雲の表情に少し曇りがかかる。これは想像だが、俺を巻き込んだことに今も相当な罪悪感を抱えているのではないだろうか。
それを膨らませた俺が言うのはなんだが、そのけじめも含めて提案する。
「東雲は俺を騙して利用した。俺も東雲を騙して酷いことをした。お互い騙し騙しあって酷いことをした。これでもうお互いチャラにしないか」
俺の提案を聞いた東雲は目を丸くするがすぐに首を横に振る。
「え……いや、ううん。それでも私は……」
「俺がそれでいいって言ってる。これじゃダメ?」
多少強引な気はしたが、東雲は少し悩んだ末に首を振る方向を横から下に変えた。
「うん。わかった!これでチャラにしよ!……でも、ありがとね」
オレンジ色に染まる世界で飛び出した感謝の言葉。それはやけに胸を痛めつけた。
「感謝を言うなら鳥羽に言えよな。俺はなんもしてない」
「え?そんなことないよ!それこそ翔の方がなんもしてないじゃん!全部月瀬君のおかげだよ!」
……まぁ
俺も昨日まではそう思っていた。まさか「今までの俺の行動全てが鳥羽に予測されていた」なんて知るよしもなかった。
ならこの真相を東雲に語る必要は無いか。
「ま、そうだな。うん。忘れてくれ」
「でも、翔なんかムカつくなぁ。あいつ、私に全てを押し付けて〜!あいつも困ればいいのに!」
「確かにな。あいつ今回役得だったからなぁ」
「あ!いいこと思いついた!こうすればいいんだ!」
「え、どうやって――」
***
何分経っただろうか。彼女の顔は紅く染まっている。きっと夕陽のせいだろう。
「と、ところで……」
「私たち……付き合うの?」
「グハッ!」
守ってあげたくなっちゃうような百億点の笑みを浮かべるな。照れて顔を赤らめるな。今そのセリフは反則だって。惚れちゃいそうだから。いや、別にもう惚れてもいいのか?
「そ、そうだな。というかさっき鳥羽達がいるところでOKくれたよな」
俺は自分の動揺を悟られないように余裕なふりをする。本当はさっきの笑顔を思い出すだけで恥ずかしいし、胸が締め付けられる。
「なーんてね」
しかし彼女は笑みを変えずに淡々と否定語を述べる。
あ、あれ?
「さっきはお母さんの手前ああ言ったけど。彼女いるのに浮気する人とこれからも付き合っていくのはなぁ。それに、君は私のことが好き、なの?」
ただの俺へのバッシングだった。
「お前さぁ……今それ言うのは説得力ないだろ……」
しかし、最後に加えられた言葉に心臓が高鳴る。
俺が彼女のことを好きかどうか。好意的な感情を持っていることは確かだけどこれを好きというのは焦燥な気がするのだ。
俺の作戦で彼女はずっと俺の事を考えさせられていた。
そして、俺は彼女を落とすため、という最初の作戦によってずっと彼女の事を考えさせられていた。
策士策に溺れる、とは違うけれど。
いや、人のこととか本気で好きになったことは無いし、推しに対する愛情とは違う感情を抱いているのも事実だし、臆病だと言われようが、好きかどうかと聞かれたらやっぱり言いきれない。でも正直この気持ちを確認するには時間が短すぎたし、状況が特殊すぎた。
だから今胸にある気持ちを率直に伝える。
「ごめん、色々ありすぎて整理が追いついてない。でも、付き合いたいとは思ってる」
最低なことを言っていると思う。でも最低なのは今に始まったことじゃない。
しかし彼女はそれを聞いて吹っ切れたように笑う。
「なら、今度は私が君を落としてみせるから!」
――おう、かかってこいよ。
夕日はすっかり沈み、代わりに街の灯りが俺たちをまばらに照らしていた。
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