第53話 あのこと

 ふー、とひとしきり語り終えた鳥羽は溜息をつきペットポトルのお茶を飲む。


 つまり俺はまんまと利用されたって訳だ。彼らに利用されていたことは教えてもらったがそれすらも利用されていたのだ。『東雲梓を落とすラブコメ』は全て鳥羽の掌の上だったのだ。


 まぁ予想通りっちゃ予想道り、だけど。


「結局俺も月瀬も同じ穴のムジナってことだ。フィクションに憧れてそれを自らの手で作り出そうとしてたんだから」


「お前は物語の黒幕を演じたかった、てか?」


「そうだよ。だから月瀬が梓落としてハッピーエンド!って訳ではなくて、わざわざ番外編まで出向いてくれて真相を暴いてくれたとは嬉しいよ。探偵くん?」


 ニヒルに笑って皮肉たっぷりに言った鳥羽。


 清々しいまでのクズっぷりだ。


 しかし結果だけ見たらそのクズっぷりにも関心をするものがある。政略結婚関連は解決し俺にも可愛い彼女が出来た。過程を見なければハッピーエンドだろう。


「これがお前の言う過程は無視した最高の結末か?」

「あぁ、そうだ。と、そういえば俺も月瀬に言いたいことあったんだ」

「なんだよ」


 今更俺に言いたいことなんて煽りの言葉しか思い浮かばなかったのだが、鳥羽の言葉は想定外のものだった。


「月瀬……優しいよな」


 それはこの前ひかりんにも言われた言葉だった。


「優しくなんかないだろ、あんなことして」


 俺は彼女を放っておいてほかの女の子とデートをしていたんだ。それが優しいわけがない。


「それだよ、それ。梓は罪悪感でいっぱいだった。それを帳消しにするためにもお前は彼女以外とデートをするって罪を背負ったんだろ?お互いいけないことしたからチャラだよって」


「……そんなことはない、ただの東雲を落とすための作戦のひとつだよ。それに鳥羽達の事情に関わらず最初からひかりんとデートをする予定だったからな」




「お前のことだから他に作戦もあったんだろ……と言いたいところだけど、自分の口からは言わないか。かっこいいですこと」


 ひかりんとは東雲を揺さぶるためにデートをしただけでそれ以上でも以下でもない。例えほかの意図があったとしても、それを俺が認めてはいけなかったからだ。


「まぁいいや!俺はもう満足したし!」


 勝手に言いたいことだけ言って勝手に話題を切りあげる。まったくはた迷惑な男だ。


 そりゃあ確かに鳥羽からしたら満足だろう。月瀬歩という男を操り、東雲梓を落とすゲームを全クリしたんだから。


 そして、俺はここで唸るはずだったのだ。「くそー、全部鳥羽のせいかよー!」って。


 だがそうはならないし、そうはさせない。


 今思えば全くベタなラブコメじゃなかった。でもデートに駆け落ち、それに最後にあんなこともあったし。形はどうであれ、これも立派なラブコメと言っていいだろう。何よりラブコメみたいな恋がしたい、っていう夢は叶った。


 だから俺は口角を全力であげて皮肉たっぷりに答える。


「ラブコメの終わりがミステリーか。鳥羽は『あのこと』を知らないからそう思ってるかもだけど。残念ながらこれは最初から最後までラブコメだったよ。俺と梓が関わる機会をくれてありがとな」


 見ると鳥羽の頭に疑問符が浮かんでいたがやがて俺に詰め寄ってきた。


「あのことって……?ん?今梓って」


「あ、悪い!アニメの時間だ!じゃあな!今度趣味の話しような!」


「待てって!」


 後ろの声には聞く耳を持たず教室のドアを威勢よく開き、昇降口までダッシュする。階段を二段飛ばしで駆け下りて、途中先生とすれ違って注意を受けたがそれでも走る。まるでアニメのオープニングみたいに。

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