第29話 もうひとつのプロローグ③

「鳥羽様。作戦とやらを教えてくれませんか」


 見事にじゃんけんで負けた私は潔く翔の考える作戦の詳細を教えてもらうことにした。悔しいけどじゃんけんの勝敗は絶対。それは昔からの決まりだ。


「私こういう大事な時のじゃんけんって毎回負けるよね。いつもは勝てるのに……」


「ん、あーこの際だから言っとくけど梓は大事なときのじゃんけんは絶対チョキを出すんだよね」


「は!!??」


 鳥羽の衝撃的な言葉に思わず驚く。


 え、まじか……、だから大事な時のじゃんけんは負けるのか……


 というかせこ!そのせいで私今までめちゃくちゃ損しているんですけど!


「まぁ、今ここでその事実を教えてあげたからもう二度と同じ勝ち方は使えないじゃん。だから許してよ」


「確かにずっと翔が黙ってれば私はずっと負け続けたもんね。ここで私がチョキしか出さないことを教えてくれたのに免じて許さない」


「そこは許してやるって言うところでしょ!」


 教えるならもっと早く教えなさいよってことだよ。


 ただ、今回のじゃんけんで負けてしまったことに変わりはないので鳥羽を責めるのはとりあえずこのくらいにしておこう。じゃんけんの勝敗は絶対。


「……で?私は何をすればいいの?」


「ふふふ、良きにはからえ。いいだろう。教えてや――」


「いいからさっさと言えクズ」



「はい!すぐ言います!」


 じゃんけんの勝敗は(以下略)


「同じクラスに、月瀬ってやついるだろ?」


「月瀬君?」


 確か翔と仲良くやってる人だ。私はあまり話したことがない。というかここで名前を出すってことはあれだよね。月瀬君を好きになれってことだよね。


「でも私話したことないし」


「いや、彼が適任だ」


 ……おー、自信満々に応えることで。翔が彼を薦めることにどんな理由があるんだろうか。そんな期待が頭をよぎり――


「あいつは……陰キャアニメオタクだ」


 ――一瞬で粉々にされた。


「え?陰キャアニメオタク?」


 思わず聞き返す。


 別にアニメオタクや俗に言う陰キャに対して否定意見を持ってる訳ではない。彼らを犯罪者予備軍とか言ってる人達も少数いるらしいが、好きなことに夢中になれるのは素晴らしいことだと思う。でも……


「陰キャよりもサッカー部のリア充とかの方がいいと思うんだけど」


 アニメオタク、とリア充の両立はおそらく可能だろう。でも、陰キャとリア充の両立は無理だろう。さすがに。


 少なくとも私が知っているような陰キャは恋愛においてリア充よりも優れているとは思えなかったのだ。


「月瀬はな……陰キャでありリア充なんだよ」


 なんですかそのパワーワード。


「あいつは高一の時は救いようのない陰キャオタクだった。それがどうだ?二学期から俺とよく話すようになって、今では俺と一緒に飯も食ってんだぜ?完璧リア充の俺と」


 予想は外れたようだ。それにしてもすごい自分に自信ががあるようだけど実際事実だし何も言えない。あと月瀬君にそんな過去があったとは…… でも確かに私は彼のことを陰キャ、だとは思ってもいなかった。


「まぁ俺の見込みだとあれは学校だけの仮面リア充だな。キョロ充とも違う。学校では完全にリア充を演じきれてるからな。でもスタバの注文とかもろくに出来ないんじゃないかな?ショートをスモールとか読みそうだし」


 褒めてるのかディスってるのかよく分からない言葉が続いた。か、仮面リア充。初めて聞いた。でもいくらなんでもショートをスモールなんて言わないと思うよ?


「つまりはあいつは行動力の化身ってことだ。何がきっかけかは知らないけど、あそこまで変われるのは多分俺でも出来ない」


「でも、行動力がすごいってだけじゃ何も……」


「行ったろ?あいつはアニオタなんだよ。もしかしたらそれもかなり重度の」


 重度のオタク……それがホントかは知らないが、そんな人が今ではリア充になってるのなら驚きだ。


「だからあいつは、少なくとも俺ら純粋リア充とは比べ物にならないほど恋愛にたけている。」


「え?いやそれもラブコメとかギャルゲー?っていうの?そういう話でしょ?普通のリア充の方が恋愛経験豊富に決まってんじゃん」


「そうだな。普通なら。でも、政略結婚。駆け落ち作戦。クラスの美少女を落とす。こんなの現実世界の恋愛じゃなくて、二次元のラブコメの話だろ?」



「あっ」


 確かに言われてみればそうだ。こんな話、現実世界で体験している人は滅多にいない。だけど、だからこそアニメとかの創作物にはよくある話なのかもしれない。私はあまりそういうのを見た事ないから知らないけども。


「それにコミュニケーション能力も備えたリア充と来た。これは最早運命の相手と言っても相違ないだろ。さらに決定的なのは……」


 ……ゴクリと唾を飲み込む。実際今までの説明にはかなり説得力があった。いや、あったのか?


 でも自然と次の言葉にも期待が寄せられ、静かに耳を澄ます。


「あいつなら、罪悪感が湧かない」


 パチン!と、乾いた音が空気を駆け抜けた。


「……いきなりビンタするのはないでしょ」


「ごめん。つい」


 頭を傾け、てへっと声に出しておどけてみたけど翔はなんのリアクションもしない。やっぱつまんない。


 でも納得した。他の人材がいるかと言われても指名できないし。


「で?相手が月瀬君なのはわかったし、私も彼でいいけど、罪悪感云々に、どうやって距離を詰めればいいの?普通に話したりするだけじゃ彼のことを好きにはなれないと思うよ」


「それも今思いついた。月瀬主人公のラブコメを作り上げるんだよ」


その後の説明は、月瀬君が私に嘘告白するように仕向けるから、それに対して謎多きパーフェクトヒロインを演じて恋愛の賭けをする、ということだった。翔の指示でポケットに入れられた録音中のスマホをノーヒントで看破し、最後には月瀬君の名前すらも知らないフリをして、月瀬君のオタク心や対抗心に火をつける。


ホントにこれで火がつくとは思えなかったけど、選択肢がない状況で、翔があまりにも自信満々にこの作戦を伝えるから私はそれに乗るしかなかった。



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