第28話 もうひとつのプロローグ②
「はぁ。怖かったぁ」
隣からちっとも男らしくないため息が聞こえた。でも怖かったのは私も同じなのでそれを責める気にはなれない。だから責める代わりにこんな言葉をなげかける。
「ねぇ翔。照れとかなく、ホントに正直に答えて」
「うん、なに?」
「翔は私の事……女として好き?」
とっても恥ずかしい言葉だったと思うけど全然恥ずかしくなかった。これは私が翔のことを好きでないことの証拠でもあるのだろう。「女として」って入れたのは「好きだよ……友達として」って濁されるのを避けるため。この男ならやりかねない。
「そうだな。少なくとも」
「女として、好きではないな」
そこに迷いはないように見えた。念の為確認する。
「命に誓って?」
「うん。命に誓って好きじゃない」
なんかすっごい酷いこと言われた気がするけども、思わず笑っちゃう。
そんな私の姿を見て翔もまた笑う。
それなら助かった。ここで告白をされたら私はこの結婚を受け入れることになってしまう気がした。現に私には好きな人がいない。翔は生意気だけど優しいし、学校の女の子からかなりモテてるほどのイケメンだ。正直感情論を抜きにすれば結婚相手としては十分過ぎるだろう。ただ、どうしても彼と一緒の道を歩んでいくビジョンが見えなかった。
それに翔と付き合いでもしたら女子から妬まれちゃうかもしれないしね。
「じゃあどうしよっか!あのおばさんだ……一筋縄じゃいかないと思うよ?」
お互い恋愛感情を持ってないと言ってもこの結婚を破棄できる策が思い浮かんだ訳でもない。まぁこういうのは翔の仕事だから。
「よし、思いついた」
ほらね。翔は頭のキレがいい。私は学力ならそこら辺の人に敗けない自信はあるが、彼の頭のキレにはどうにも勝てそうにもない。
やけにムカつくクールな笑みと共に翔は作戦を話す。
「他に好きな人がいればいいんだよ」
「はい?」
……思わずすっとんきょうな声が出てしまった。
他に好きな人いても解決はしない気がするんだけどなぁ。
ただ、そんな気持ちとは反対にさらに私は驚くことになる。
「それで、そいつと梓で駆け落ちでもすればいい」
「はい!?」
いやいや駆け落ちて。そんなの今どきあんの?って思ったけどそういや政略結婚しそうになってるんでした。
「え、でも私じゃなくて翔がやればいいじゃん!」
「俺は無理だ。今好きな人がいるからな」
「え!?」
……さっきから驚きっぱなしだ。え、なに翔に好きな人いたの!?って一瞬思ったけどこれ……嘘な気がするなぁ。でも本当に好きな人がいるなら尚更翔がやるべきじゃないかなぁ。
「俺がやるべきって顔してるな。悪いけどそれは無理だ」
「なんで?私は好きな人すらいないからやっぱり翔がやるべきだよ!」
心が読まれたことにツッコミを入れることすらも忘れて怒気を含んだ口調で言うが、翔はやっぱりその嫌味ったらしい笑みを崩さずに続ける。
「俺は……好きな人をこんなにめんどくさいことに巻き込ませたくはないんだ」
「は?なら私だって巻き込ませたくないよ!」
「梓は今好きな人いないんだろ?ならその罪悪感は俺より絶対少ないはずだ」
「でも今から好きな人を探す方がめんどくさいって。生まれてから男子のことを異性として好きになったことなんてないんだよ?というか好きな人いるなんて嘘でしょ?」
先程までは半信半疑だったが少し会話をして直ぐに気がついた。仮に翔に好きな人がいたとしてもそれをこの騒動から逃げるための言い訳に使う男じゃないのだ。
「あ、バレた??でも、せっかくの機会だ。お前も恋を知れ。というか心の底では、私にも好きな人が欲しい!って思ってんだろ」
「……それ、は」
うー、否定出来ない。確かに友達の恋バナを聞いて羨ましい!って思ったことも、誰かに恋をしてみたいなぁって思ったこともあるけど…… でもこんなめんどくさい時じゃなくていいじゃん!
「頭を冷やせ。梓はこの結婚が嫌なんだろ?ならば梓が決断しよ!この作戦に乗るか乗らないか。俺は全力でサポートするから!」
いつの間にか議題が「私か翔が駆け落ちする」から「私が駆け落ちするかしないか」に切り替わっていた事に気が付かない私じゃない。
「言葉巧みに誘導しても無駄だからね!私は嫌だから!」
「ふっ、なら仕方ない。人生をこれで決めるってのも悪くは無い」
言いながら拳を前に突き出してくる。確かにそうだ。もうここに議論の余地はない。
「そうだね。私たちは昔から衝突した時はこれで解決してたもんね」
「「じゃん、けん……!!」」
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