第5話 怪異の作り方
「怪異は人が作るんだ」というのは、先輩の口癖の一つだった。
はじめて聞いたのは、確か「首吊りの木」と呼ばれる有名な自殺スポットの調査に行った時だ。
郊外にあるその木は、ぽつりと道の端に一本だけ立っていた。
素人目にも立派な木だったが、近づくと妙に胸騒ぎがしたのを覚えている。
美しい新緑のはずなのに、枝葉が風に擦れる音がまるで人の声のように聞こえたのだ。甘く優しく、木が囁いている。
――どうして貴方は生きているの? と。
自分で自分の想像にゾッとした。
この件は場所の特定が目的で、他に見るべきことも無かったので、僕は逃げるように車に乗り込んだ。あのまま木を見上げていたら、何もかも放り出して死にたくなっていたかもしれない。
先輩がのんびりと助手席に乗り込んだのを確認し、速攻でエンジンをかけた。
「まだシートベルトしてないんだけど」
「……すみません」
謝罪はしたが、車を停める気はその時の僕には無かった。
一刻も早く、あの木から離れたい。それ以外は考える余裕が無かったのだ。
バックミラー越しに遠ざかる大樹に目をやり、僕はぎょっとした。
さっきまで何もなかったはずの木。
その枝という枝に、数え切れないほどの首吊り用のロープと、青白い身体がぶら下がっていたのだ。
驚いてブレーキを踏みかけた僕に、先輩が言ったのが冒頭のセリフだった。
「怪異は人が作るんだよ。人が滅多に来なくて、登りやすくて折れにくい。そうしてあの木は選ばれ続けた」
鏡の中から、まだソレは僕らを見つめている。不吉な噂の首吊りの木。
「だからあの木は呪われたんだ。人によって、な」
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