第12-1話 赤供養①
秋も深まった頃の話である。
今年は残暑が長引き、紅葉が色づき始めたのは例年より少し遅めの十一月の半ばになってからだった。
「おかしいと思うんですよ」
椅子の背もたれに両腕をのせながら愚痴をこぼしているのは、この夏に刑事一課に移動した鬼城さんだ。
「おかしいって、何が?」
鬼城さんの対面、自分のデスクで話を聞いていた先輩が目を瞬かせた。
「連続車上殺人――らしきもの」
鬼城さんは大きなため息と共に、整った顔面を己の腕に埋める。
「らしきもの?」
「まあ、聞いてくださいよ」
顔を伏せたまま、鬼城さんは眉をひそめた先輩に手を振ってみせた。
以下は、彼が語ってくれた内容だ。
最初の事件が起こったのは、二十三区外の閑静な住宅地だった。ちょうど、六月の梅雨時だったという。発見日も酷い雨が降っていた。
車上殺人、と鬼城さんが語ったように事件は路駐された車内で起こったらしい。発見したのは近所を通りかかった主婦で、公園の前に駐車されていた車に何気なく目をやったところで死体を発見した。
「覗き込んだわけでもないのに、よく死体を発見できましたね」
先輩と一緒に聞いていた僕は、疑問に思ったことを口に出した。
雨ということは、その主婦も傘を差していたのだろう。手元も視界も不安定な状態だったろうに、少し見ただけで中に死体がある、と分かったのが純粋に不思議だったのだ。
「それなぁ」と、項垂れたままの鬼城さんが力なく答えた。
「俺も気になったんだよ。でもさ、わからないはずがないんだ。一目でも見たら異常ってのはすぐにわかるから」
歯切れの悪い返答だ。鬼城さんらしくない。そのことに、背中がぞわぞわとした。
「ばらばらだったの」
「へ?」
「だから、ばらばらだったの。窓も車内も真っ赤だし、そりゃ気づくわなって」
鬼城さんが繰り返す。ばらばら、というのがばらばら死体だということに、僕は一拍遅れて気がついた。
「どの部分が?」
とっくに気がついていたのだろう。先輩が特に顔色も変えずに問いかける。
「手足と頭部。ちなみに、手も足も付け根と関節でそれぞれ引き千切られてました」
またしても奇妙な言い回しだ。
「引き千切られてたって……何使ってだよ」
「わかんないです」
途方にくれたような声のまま、鬼城さんは続ける。
「鑑識の意見では、無理やり捩じ切られたみたいな……。引き千切られた、としか言えないようなすごく汚い断面だったって。強いていうなら、重機を複数使えば可能かもしれないけど……」
と、そこでまた鬼城さんは言葉を濁した。彼が言いたいことは、僕にもわかる。
先ほど、鬼城さんはこう言った。
車内も血まみれだった、と。
つまり、殺害現場は車内だったのだ。
車種はわからないが、住宅街に馴染んでいたのだからそう大きい車ではあるまい。そんな車の中で、重機を使わないといけないような殺害方法で人が殺されているのだ。
「そこまで目立つってことは、発見されるまでに時間は経っていないと考えるべきだな。監視カメラは?」
鬼城さんの頭がわずかに動く。どうやら左右に振ったようだった。
「仰られるように、出入口を含んだ複数箇所にカメラは設置されています。でも、何も出ませんでした。不審な車も人物も、何も映ってはいなかったんです」
「遺体の発見時刻と死亡指定時刻の差はどれくらいだったんですか?」
のろり、と鬼城さんが顔を上げる。
「当時の担当者が現着したときな、まだ死体が温かったんだってよ。それに角膜も濁ってなかった」
「ええ、と……」
恐らく、そう時間は経っていないということなのだろう。けれど具体的な時間がわからず、僕は先輩に目をやった。多分この人は知ってる。
「人は死ぬと、一時間ごとに一度ずつ温度が下がると言われている。十時間経つと、さらにその半分の〇.五度だな」
予想通り、淀みない説明が先輩の口から流れ出る。さすがだ。
「だが、ばらばらになってたら相当な量の失血があったはずだ。その状態だと、通常の死体よりも相当早く温度は下がったと見て良い」
「傷みも早そうですね」
僕の意見に頷き、先輩は顎を撫でた。
「それに、角膜が濁るのは……確か六時間前後だったか。そう考えると、犯行時刻はかなり絞られるはずだな。被害者はいつ頃その住宅地に?」
「通報時間から推測される遺体の発見が十六時二十分ごろ。そして、被害者の車が住宅地に入る映像が十三時十分に確認されています」
迷いのない答え。きっと、何度も何度も見返したのだろう。
ふー、と大きな息を吐いて鬼城さんが椅子から腰を上げた。
「同様の事件が、同じ管轄で八月に。そして手がかりが得られぬまま、九月には区内で三件目と四件目が発生。ここで捜査本部が所轄から本庁に移動。……俺が異動したのもこの辺りですね。で、十月を迎え――」
「五件目が出たか。場所は?」
暗い顔で鬼城さんは頷いた。
「一件目と同じ住宅街です」
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