第二部

第一話 胡蝶の夢

 怖い夢を見る。


 といっても、夢で特別なことがあるわけではない。

 夢の中の僕は、いつも通りに起きて職場に行き仕事をする。仕事内容も、特に現実世界と変わるわけではない。

 僕の職場は警察の中でもかなり特殊で、いわゆるオカルティックなものを扱う部署である。だから、夢の中でも僕はそれ関連のよく分からない事件を調査している。


 ――怖いのは、隣に必ず知らない男がいることだ。


 幽霊パトカー。首吊りの木。メリーさん。車中ばらばら事件。

 この一年足らずで経験した事件を、僕は彼と共に追っている。

 誓って、知らない男である。そのはずである。

 そもそも、僕の相方はこの一年で結局決まらなかったのだ。

 そのくせ、僕が一緒に担当することになった事件はどれもこれも見事に案件ばかりだった。偶然のはずだが、よくもまぁここまで貧乏籤ばかり引いたものだと自分でも呆れてしまう。

 とはいえ、だ。

一つ一つは大変だったが、一緒にいる人が毎回違ったからか、どの事件に対しても特別な思い入れは持てないでいる。むしろ印象が薄く、細かい記憶は曖昧ですらあった。


 それらの事件を、夢の中では同じ男と追っている。

 不自然なところは一つもなく、こちらが現実ではないのかと錯覚してしまうほどリアルな夢。

 僕も、夢の中では男の存在を欠片も疑ったことはない。それが当たり前だと思って過ごしている。


 夢の終わりはいつも唐突で、そして同じだった。

 見慣れた警察車両の中で、僕は男と話している。僕が運転席で、男が助手席だ。

 男がなにごとか話して、僕の方に顔を向ける。

 視界の端では、交差方向の信号が黄色から赤に変じたところであった。

 車の中も外も、夕日のせいでいやに赤いのに男だけが黒い。彼の背後に太陽があるせいで、影になっているのだ。

 塗りつぶされた黒の中で唯一色を持っているのは、彼の右目だけである。作りものめいたそれに僕は手を伸ばし――









 轟音。

 側面から突っ込んできたトラックが、助手席の空間ごと男を押しつぶす。

 窓ガラスが木っ端微塵に砕け、赤い空間の中でやけにゆっくりと踊る。

 無数のガラス片の一つ一つに映っているのは、男の右目と同じ真っ赤な瞳だ。

 それらが一斉にギョロリと動いて僕を見る。




 いつだって、夢はそこで覚めるのだ。

 男の顔は忘れている。

 そのくせ、夢の中で幾度となく彼が口にしている言葉だけは頭にこびりついて離れない。


 ――怪異は人が作るんだよ。



 だったら、僕が毎朝味わうこの後味の悪さとうすら寒い感覚は一体誰に作られたものだというのだろう。


 答える人は、どこにもいない。







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