第6-1話 メリーさん①


怪異は人によって作られる。

このことを、強く感じた出来事がある。



あれは、蝉の声が絶え間なく響く真夏のことだった。


「お前、メリーさんは知ってる?」

「知ってますよ。有名な都市伝説ですよね」

僕らはこの日、小学生の間で流行っているという怪異の調査を行っていた。

名称はメリーさん。

僕でも知っているくらいなのだから、オカルト好きの人ならば説明など不要だろう。


ストーリーとしてはこうだ。

一人で留守番をしている女の子のところに「メリー」を名乗る女の子から電話がかかってくる。

それだけなら大して怖くないかもしれないが、この話の怖いところは電話の主であるメリーさんが、段々と迫ってくるところだと僕は思う。


「今と違って、固定電話――それも、番号の表示機能が無かった時代の話ですよね。電話の向こうの相手がわからないから、余計に怖さが増したんじゃないですか?」

どこかのネット記事で見た考察だが、あながち間違いではないだろう。僕はさらに続ける。

「今の時代だと、電話が誰からかはすぐわかります。知らない番号だったら無視すれば良いし。そもそも、電話を置いて逃げることだってできますよ」

僕の言葉に、先輩は意味ありげな笑みを浮かべた。

「それが出来れば、な」

「……どういうことですか?」

「お前が自分で言ったことだが、これは固定電話の時代に流行った話だ。けれど、もし同じことが携帯で起こったら」

先輩が上着のポケットからスマホを取り出した。


「お前、簡単に捨てれる?」


耳が壊れそうなほどに鳴き喚いていた蝉の声が、不意にぴたりと止んだ。

僕はといえば、すぐには答えられなかった。

個人情報満載。このご時世、助けを呼ぶにも電話帳を開かないと番号なんて思い出せない。

警察や救急、消防だって叫ぶだけで来てくれるはずもない。公衆電話は姿を消す一方だ。

身分証明も財布も連絡も、これ一台でこと足りる。何でも出来ちゃう便利な、便利すぎる万能ツール。

裏を返せば、これが無いと出来ることはグッと限られるだろう。


僕らが他人と繋がれているのは、この小さな機械あってこそなのだと、改めて思い知らされる。


黒光りする画面を覗き、僕は首を振った。

「確かに。なかなか、決心つきにくいですね」


再び蝉の声が爆発的に響き始めた。


満足そうにスマホをしまう先輩の横顔を僕は見下ろす。

「それが、今回の件に関係あるんですか?」

「さぁ、どうだろう」

はぐらかすように言った先輩の唇が吊り上がった。


「可能性の話だ。覚悟はしておけよ」



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