第16-3話 怪異の殺し方③
異動、といっても次の場所も今とあまり変わらないようだ。
というか、新しく部署が立ち上がるのでそこに引き抜かれたと言うのが正しい。僕がそのことを聞いたのは、本人ではなく室長からだった。
「責任者は風岡だそうだ」
「というと……。あの、元は
僕の矢継ぎ早の確認に、室長は見るからに嫌そうな顔をした。
「お前よく覚えてるね」
「まぁ色々とありまして」
去年の夏に彼の地雷を知らずに踏み抜いのは、まだ記憶に新しい。
「お前の言うその風岡で間違いないよ。あいつ、最初から決めてたらしい」
「先輩を引き抜くのを?」
「そ。多分、去年連絡してきた時にはもう根回しを始めてたね」
「ああ、そういえば」
――君から先輩に伝えておいてくれ。近いうちに嫌でも会うことになりますから、とね
思い出したのは、去年の夏に彼から告げられた言葉だ。あの時には、もう風岡さんの中では決定事項だったのだろう。
「もしかして先輩が今日いないのって、その異動関係ですか?」
「まあな。あいつの場合は普通以上に色々と手続きが面倒なんだよ」
それはそうだろう、と僕はしみじみと頷いてしまった。
手続き書類やメールを受け取っても、うっかり目を離せば二度と見つからないような人物なのだ。
「今後だが、あいつの持ってた案件はお前に引き継いでもらおうと思ってる」
「僕、ですか……?」
「そうだ。本人の強い希望もあってな。もうお前も一年経ったし、そろそろ慣れただろう。一緒に
生口さんは、この部署で先輩に次ぐベテランだ。気風も面倒見も良い四十がらみの男性で、今は僕の後輩にあたる神坂と組んでいる。
「じゃあ神坂の相手は誰になるんですか?」
「そっちはおいおい考える。……ま、俺じゃないかもしれんが」
「と、いいますと?」
「内示が出てな」
室長は微かに笑った。寂しさと一抹の安堵が混ざった、何とも複雑な微笑だ。
「それもあって、ここらでこのはみ出し部署も大規模な編成変えをするんだよ。風岡の部署もその一環だ」
室長に言われ、思い出したのは以前この部署にいた鬼城さんの話だ。
『
その時に僕の前で広げられた彼の両手の白色が脳裏にチラつく。
『俺達はそれを解明しないといけない。怪異はどこから来たのか、それは何者か、そして――どこへ行くのかってな』
続けて、彼はこうも言っていた。
この国には怪異を体系立てて解明・対抗する国家的な組織がない、と。
今回の組織再編成は、もしかしたらそれに関わることなのかもしれない。
確証はないがそう思った。
結局、僕が先輩の口から直接異動のことを聞いたのはかなり後――室長と話してから、二週間ほども経ってからである。
元々出張の多い人ではあったが、そこに異動関係や新部署立ち上げの細々としたことで呼び出されているらしく、僕と顔を合わせることもこの頃からめっきり減ってしまった。
新規の案件は生口さんと組むことが多くなり、その合間に先輩が受け持っていた案件についての引き継ぎをされる、といった具合だ。
先輩から引き継がれるのは、そのほとんどが「観察必須案件」という名を冠されたものだった。お役所らしい仰々しい名前がついているが、平たく言ってしまうと「手はつけられないけど、暴発しないように必ず見張っとけ」というものである。
そもそも、この部署に持ち込まれる案件のほとんどは真の意味で解決しない。一時的な解決後はラベリングされ、「経過観察」扱いとされるのが常である。
例えば「とあるお化け屋敷に行った人間が、次々と死ぬ」という事件があったとしよう。
様々な捜査(他部署管轄含む)の結果、さらに「お化け屋敷に設置された、曰く付きの井戸に近づいた女性のみが怪死を遂げる」という事実が判明したとする。
分かりやすいように、この場合は人的要因はゼロであったと考えてほしい(実際は、キャストが特定の人間を井戸に誘導していたり、複数ある事件のうち一件だけが不可解であったりと、完全な切り離しは難しいのだ)。
捜査が終わると、通常の犯罪であれば犯人の逮捕となる。
だが、残念ながら
たとえ、「寝取られが原因で自殺した女の霊が井戸に取り憑いていて、近づいてくる女性を呪い殺している」と推測できたとしても――立証はおろか、除去はできない。霊能力という点では一般人と変わらない僕らに、その女の霊を取り除く力はないからだ。ついでに言うと、証拠もないので接収すらできない。
せいぜいが「井戸の撤去・もしくは利用者が近付かない処置を施すよう管理者に進言し、経過観察をはかる」あたりに落ち着くのである。
それで被害が減れば一応の解決。報告書の方には経緯と、井戸やお化け屋敷、所有者の情報、その時にどういった説明を行い、どういった処置を行なったかを記してファイリングする――といった形だ。
もしも管理者が変わるなどして同様の事件が起こった時に、最小の被害で抑えるようにするためである。
ここまで書くと、先輩がどれだけ我が部署にとって重宝されているか分かってもらえると思うし、彼がここから異動できなかった理由も察してもらえるだろう。
彼には、いわゆる霊感が備わっている。
先の例で言えばお化け屋敷全域が捜査範囲なところを、ピンポイントで井戸に範囲を絞れる上に、原因にもある程度の当たりをつけれるのだ。
さらに、もっと前段階――例えば、これが霊的なものか否かも判断が下せる。
と、ここまで考えて不安になった。
あの人が異動して大丈夫なのか、ここ。
引き継ぎしてもらった案件にしても、洒落にならないものが多すぎるのだが。
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