第9-3話 幽霊パトカー・再③

 さて、幽霊パトカーが発表された時の世間からの風当たりは厳しかった。

 大体は神坂に見せてもらったチャットの通り「警察仕事しろ」やら「税金泥棒」やら、そういった批判が大半である。

 逆にオカルト界隈では、ほとんど騒がれていなかったと言っても良い。

「やっぱりね」とか「そんなことだろうと思った」「もちろん、自分はわかっていましたとも」といった、賢しげな意見がほとんどだったのだ。

 まるで反応すること自体が恥ずかしいとでも言うような空気の中で、幽霊パトカーは自然と風化していった。


 そんな中で、珍しく真面目に言及した有名人がいる。


おおとり とおる。知ってるか?」

 ハンドルを滑らせながら、先輩が問うた。

「知ってます。彼が幽霊パトカーについて話した記事なら読みましたよ」

 僕としても、この部署に入ってからはオカルト関係にも情報のアンテナを伸ばすようには心がけている。そのうちの一つが、SNSでの話題集めだ。

 神坂のようにオカルトチャットに顔を出すほどではないが、その手の話題を扱うユーザーをフォローして気になる情報がないかチェックするくらいはしている。

 鳳の記事も、その活動の一環で読んだものであった。

 それはテレビの対談をまとめたもので、内容自体は昨今のオカルトブームに関して意見を言っただけの、よくあるものだ。

 問題は、その中で彼が語った――正確に言うと、語ろうとした言葉にある。



 ――幽霊パトカーという事件がありましたね。

 あれは悪戯ですが、私は本物を見たことがあるんですよ。何年か前になりますが、取材にいった山の中で……。まぁ、本筋とは逸れるので止めておきましょう――



 この意味深な言葉は、もしかしたら幽霊パトカーそのものよりも騒ぎになっていたかもしれない。

 記事はネットでも配信されていたのだが、某SNSでは引用つきで万単位のリツイートを叩きだし「あれは本当のことだ」「いや、時事ネタにのっかった話題作りだ」と炎上寸前の騒ぎにまで発展していた。


「そういえば、鳳が怪奇小説に手を出したのって最近でしたね」

 鳳徹は小説家だ。

 元は警察官であり、人気作は刑事ものが多かった。前職での知識を活用したリアルな描写がファンに受け、映像化も幾つかされている。

 それが、どういったわけか近年になってジャンルをがらりと変えた。

 現在、彼が主に活動しているのはホラー小説である。

 だから、例の話も自分の作品に興味を持ってもらうためのパフォーマンスでは無いかという意見もあったくらいだ。


「先輩はどう思います。あの話、本当だと思いますか?」

 ちょうど信号が赤に代わり、車が緩やかに減速する。カーナビに表示されている到着予定時刻は、あと十分といったところか。

 カーナビを弄っていた先輩が、ぱちり、と紅い瞳を瞬かせた。

「あれだけじゃ判断のしようがないな」

「まぁ、そうでしょうけど……」

「そもそも、だ。人間の話すことに『絶対本当』なんてことはありえない。思いこみや見間違い、話者の感情や無意識の願望」

 ルート確認に満足したのか、先輩が顔を上げる。信号はまだ赤のままだ。

「そういった要因が、必ず入ってくる。自分だって例外じゃない。だからあの話を嘘か本当かの二択で決めるとしたら、『嘘』だな」

 なるほど、と納得すると同時に、この人の言い分だと人類の全ては嘘つきになってしまうのではないかと思ってしまう。

「じゃあ、先輩の周りで嘘を話さない人はいるんですか?」

 少し意地悪い気持ちで尋ねると、それを上回る意地の悪い笑みが返ってきた。

「いるぞ」

「え、誰ですか?!」

 意外な答えに身を乗り出した時、信号が青に変わった。

「死体」

「へ…?」

 ゆっくりとアクセルを踏み込みながら、先輩は繰り返した。

「だから、死体」

「したい」

「うん」

 阿呆のように繰り返す僕に、先輩が頷く。


「死人じゃなく?」


 どうしてそんなことを問うたのか、自分でもわからない。

 だが、直感的に彼の言う『死体』は『死人』とは違うと感じたのだ。

「違うな。むしろ死人の方が生前の未練を引っ張ってたりするから厄介だ。その点、死体は感情も思いこみもない。ただの肉の塊だ。解剖医の見間違いは別としてな」

 これまた納得はできるが、遺族の方にはとても聞かせられない暴言である。


 溜息をつく僕の前で、カーナビがもうすぐ目的地につくことを告げた。

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