第4話 瞳

生来、先輩に見鬼の才は無かったという。


嘘か本当かはわからないが、彼の左だけ紅い眼球には様々な噂が付随していた。


曰く、あの目は彼が調伏した鬼のものである。

曰く、あの目は資料の一つで、彼が取り込んだものである。


曰く、元は高名な霊能者のものだったが、彼が殺し、奪った。


……と、こうやって書き連ねるとロクなものがない。


「実際、何なんですかその目?」

「何だと思う?」

わざわざ運転席を向いた、誰そ彼たそがれ色の瞳が細められる。真っ赤な円の中で、瞳孔の黒だけが影絵のように妙に浮いていた。アルビノ体質とは異なる、作りものめいたソレに目が離せなくなる。急速に周囲の音が遠ざかった。


赤が、瞼の裏に広がる。

もっと見たい。

その輪郭を掴もうと手を伸ばしかけ―――


苛立ったような、大きな音が響いて我に返った。

後ろからクラクションを鳴らされたのだと、一拍遅れて気づく。いつの間にか、信号が青になっていたのだ。

慌ててアクセルを踏む僕に、先輩がおかしそうに笑った。

「ただのカラコンだよ。左なのは験担ぎ。見るか?」

そういえば、たまに「痛い」と言っては左目を弄っていることがあった。よくは見ていなかったが、確かに小さくて透明な何かが指先にはのせられていたはずだ。

現実的な真相に、急に阿保らしくなった。


だが、そこで気づく。


あの大きさはハードタイプだ。

そして、カラーコンタクトは

「……先輩」

「どーした? トイレか」

「いえ……」

ハンドルを握る掌に、じっとりと冷や汗が生まれる。正面を向いている横顔から、彼の左目は見れない。


――あなたは一体何をつけているんですか?

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