第9-12話 幽霊パトカー・再⑫

 あれは、もう何年も前になる。僕が大学生だった頃のことだ。

 僕には親友がいた。


 学年は同じだったが、浪人していたため年は彼の方が一つ上だった。

 部活は同じアメフト部。うちの大学は有名だったので、彼はこの学校でプレイするためにわざわざ浪人したのだと言っていた。病気で運動のできない弟がアメフトが好きらしく、いつか絶対にレギュラーになって試合に出るのだと。


 僕らは同じ学年ということもあって、すぐに仲良くなった。


 だが、今振り返れば彼は僕以外との交流はつとめて避けていたように思う。

 それが浪人したという劣等感の表れだったと気づいたのは、もっと後になってからだ。

 それは部活でも同じだった。彼は真面目で努力家だったが、部の集まりに顔を見せることはほぼ無かったからだ。練習後は他の部員達と遊ぶこともなく身体作りに励み、コツコツと努力していた。

 強い意志も持たず、特にこれといった目標もなく毎日を無為にだらだらと過ごしている僕とは正反対。

「お前も、もっと頑張れよ」

 彼にはよくそう言われたが、悔しくはなかった。むしろ、僕は尊敬すらしていた。

 人に流されやすい性質だというのは、当時から既に自覚済だった僕の悪い性分の一つだ。そんな僕からしたら、しっかりと自分を持って脇目もふらずに努力できる彼は眩しかった。

 だから、いつまでも彼とは友人であれると思っていたのだ。


 ――最初の軋みは二年生の頃に訪れた。


 四年生が卒業して一部のレギュラーが入れ替えにり、僕が選ばれたのだ。

 それはポジションの違いだとか、どれだけ豊富な人材が集まっていたかにも左右されるもので、僕が特別に優れていたというわけでは決してない。

 現に、僕は自分が彼より上だとはとても思えなかった。本当に、運が良かったのだ。

 そして、彼もきっと同じことを思っていたのだろう。

 一瞬だけだった。

 けれど、僕の名前が呼ばれた時に一瞬だけ彼の瞳によぎった感情を、僕は見てしまったのだ。

 嫉妬。羨望。劣等感。

 それらの感情が複雑に入り混じった目が、僕に注がれていた。


 それとなく監督や先輩に、彼のことを伺ってみたことがあった。

 返ってきたのは、とても曖昧な苦笑。



 ――悪い人間じゃないとは思うんだけどさ。ちょっと何考えてるかわかんないよね

 ――あんまり部活の集まりにも顔出さないしさ



 別に大したことじゃないし、良いんだけどね。という枕詞をつけた上でのやんわりとした拒絶。

 もちろん、彼らだってそれが試合での実力パフォーマンスとは何の関係もないことは理解しているのだろう。

 ただ、同じ重量の皿が乗った天秤を傾ける要素には成りえた。それだけだったのだ。


 それから、彼は一層頑なになったようだった。

 彼のプライドを傷つけないよう、何度か「もう少し皆と関わった方が良い」と言ったりもしたが、それはより彼の殻を閉ざすだけだと気づいて以降はどうしていいかわからなくなって止めてしまった。

 僕としてもレギュラーというより準レギュラーに近い立ち位置だったわけで、あまりうかうかもしていられなかったということもある。

 彼を親友と思っている心はあった。だが、それと同時に、彼を裏切っていることも自覚していた。


 それから学年が上がり、僕らが四年生になった時――軋みは決定的なものとなった。


 僕ら四年生にとっては最後の大舞台、全日本の選抜メンバーが発表されたのだ。

 その時には彼も何度かベンチ入りするようになっており、僕は「一緒に出られたら良いな」なんて呑気に考えていた。

 決して遊び半分でやっていたわけではないが、僕にとってはその程度だったのだ。

 けれど、彼にとっては、最後のチャンスだった。

 そして。


 僕はメンバーに選ばれたが、そこに彼の名前はなかった。


 その日、一緒に帰った彼は「気にしていない」と笑っていたのだが――妙に乾いた笑い声を長々とあげた後に、ぽつりと言ったのだ。

「なんでお前なんだ」と。

 彼は泣いていた。



 そして、僕は。

 ――僕は、今思い出しても最低なことをしてしまった。


 辞退、したのだ。


 ポジションは違ったが、その時の戦力からして僕がいなくなれば彼がメンバーに選ばれるのは確実だった。

 今考えれば、なんと傲慢だったのかと恥ずかしく、情けない思いがこみ上げてくる。

 けれど、その時の僕にはそれしか考えつかなかった。

 部活は好きだったが、彼のようにそこに全てを賭けれていたわけではない。

 それならばと思ってしまったのだ。



 彼の一途さに劣等感を持っていたのは僕の方だったと、その時気が付いた。

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