第6-5話 メリーさん⑤

「気に入らんな」

「何がです?」


 光葉叶子からの聴取を終え、昼飯に入ったチェーン店でのことだ。

 周囲では、昼ご飯を食べにきている会社員の話声と店員達が注文を取る声。そして外からは、相変わらず蝉のやかましい鳴声が響いている。

 ガラスを隔てているからマシではあるが、五月蠅いことに変わりはない。そんな、雑多すぎる店内。

 ちなみに僕らの間には、セールで安くなっていた親子丼が二つ並んでいる。

 俗っぽいテーブルで僕らが語るのは、光葉から聞いた怪異だった。


「メリーさんだよ」

「オチが自己責任系だったからですか?」

「それもある」


 渋い顔をして、先輩が親子丼に七味を振りかける。

 彼は自己責任系の話が好きでは無い。

 曰く「この情報社会で、一体どれだけの量と速度で話が伝播すると思ってやがる。霊はウサイン・ボルトかよ」とのことだ。

 霊魂は一日で千里を駆けるとは聞いたことがあるが、シュールに過ぎるのであまり想像したくはない。

 先輩が七味の小瓶を寄越した。ありがたく頂戴し、僕も親子丼を赤く染める作業にいそしむ。

「それも、というと。それ以外にもあったんですか?」

「光葉叶子が、お前を狙ったところだよ」

「……はい?」


 彼女が、僕を狙っていた――?


「何だお前、気づかなかったのか」

「すいません」

「謝られることじゃないけどな。あの女の最後の一言は、明らかにお前宛てだ。警戒心は高めに持っとけ」


 お前だって、こんな部署でくたばりたくは無いだろ。


 苦笑気味に言われ、機械的に小瓶を上下させていた僕は顔を上げた。

「異動あるんですか?」

「あるに決まってんだろ。若いうちは色んなとこ回されて経験積まされるからな。特殊資料室ここなんて通過点の一つに過ぎん」

 何となく、こういう部署は一度入ったら簡単には出れないのだと思っていた。

 映画や小説のフィクションだと大抵はそうだし、先輩がずっといるから自然とそう思い込んでいたのだ。

「鬼城だって、今度は一課に異動だって喜んでたしな。若い人材を遊ばせとくほど警察は暇じゃねーんだ」

 鬼城さんとは、僕の隣のデスクの先輩だ。そうか、いなくなってしまうのか。

 彼はよく合コンのセッティングをしてくれていたので、残念である。

「先輩は異動ないんですか?」

 問いかけに、先輩の手が止まった。

「あるわけないだろ。お前、俺が何歳いくつだと思ってんの?」

「知りませんよ。何歳なんですか?」

 無言で先輩が免許証を寄越した。何げなく見て、すぐに後悔する。


 信じられない数字の羅列に、冗談抜きで眩暈がしてきた。


「……不老不死?」

 答えは、言葉よりも雄弁な視線だった。

 止めてください、そんなアホの子を見るような真っ白な目で見るのは。

 身体は大きいけど、僕の神経は繊細に出来ているんですよ。


 僕の手から免許証を奪った先輩が首を傾ける。

「納得できたか?」

「色々と疑問は残りますが、まぁ一応は」

 どうして先輩に異動の声がかからないかは納得できたが、新たな謎が生えたというのが正直なところだった。

 もっとも、この人のことだ。問い詰めたところで、のらりくらりとかわされるのがオチだろう。

 渋々と頷き、僕もようやく箸を手にする。

 少し冷めた上に七味をかけ過ぎた気もするが、程よくとろけた半熟卵と柔らかい鶏肉の魅力は些かも損なわれてはいないはずだ。うん、美味い。


「まぁいい。とにかく、だ。あの話のオチで照準を合わせられたのはお前だった」

「はい」

「何か妙なことがあったらすぐ連絡しろ。良いな?」

「わかりました」


 そんなことを話していた翌日、先輩が入院した。


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