第9-1話 幽霊パトカー・再①

 僕らのところに持ち込まれる怪異だが、実のところ八割くらいは同じ職場内――すなわち、警察内部からである。

 ちなみに残り二割は巻き込まれたり、自分で見つけてきたりだ。


 持ち込んでくる警察内部八割の内訳としては、圧倒的に多いのが地域部。

 次に多いのが生活安全部。たまに刑事部。更にごくごくたまに組対もあるらしいが、僕が配属されてからはまだお目にかかったことはない。


 では、この中でがどれくらいあるかというと、実のところ半々であったりする。調べていくと、ただの見間違いだったり、単純なトリックあるいは悪戯が占める割合というのは意外と多い。

 もちろん、こちらに回してくる彼らもプロなので、犯人ありきで行動する。そりゃあもう、執拗に調べ回り、科学的検証を重ねていく。

 だが、事件は解決して犯人が捕まっても謎に包まれる部分もまた、ある。

『念のため』という枕詞と共に置いていかれた怪異(らしき)事例が、一体どれほどあることか。


 どうしてこんなことを思い出したかというと、かつて地域部から回された悪戯事案の一つが再浮上したからだ。


「幽霊パトカー?」


 繰り返した僕に、話を持ってきた神坂がにんまりと笑った。

「そそ。知りませんかぁ?」

「知ってるよ」

 何しろ、僕がここに異動してほぼ初めて担当した事件だ。だが、答えた声が不機嫌になったのが自分でもわかる。


「調査の結果、あれは僕らの管轄じゃなかった。ニュースでも取り上げられてたから、君も知ってるだろ?」


 街を走る無人のパトカー。

 もちろん、ナンバーは警視庁管轄のものではなく真っ白だったし、車種こそ同じセダンだったが全然違うメーカーのものだった。

 地域課や交通課が捕まえようとしても、忽然と姿を消す謎の無人パトカー。

 そんな触れ込みでうちに話が回ってきたのだが、実際のところは走り屋達の度胸試しと悪戯だったという脱力もののオチである。

 無人に見えたのは、わざと車内を真っ暗にして同じく真っ黒な覆面と服で全身を覆い、ハンドルを握れるぎりぎりまで座高を沈めていたから。

 運転は、車の前後に設置した小型カメラと後部座席で同じような恰好をした人間のナビゲートで行っていたというから驚きだ。その根性を頼むから他のところで発揮してくれ。

 姿が見えなくなったのはもっと単純で、仲間がさりげなくパトカーの進路を妨害してる間に距離を稼ぎ、車庫に入れて隠していたというものだった。

 人数と細工するための時間だけは無駄に多い、若者グループによる悪ふざけ。

 まったくもって、泣きたくなってくる。


 オカルト、都市伝説大好きな神坂がそのオチを知らないはずはない。そう思ったのだが、彼女は僕の答えに「いやいや」と手を振った。


「わかってないですねぇ。そっちじゃないんですよぉ」

「そっちじゃないって……。じゃあ、どれだよ」

 馬鹿にするような言葉に、思わずムッとして問い返すと彼女は「待ってました」と言わんばかりに笑顔を深めた。

 ディズニーの「不思議の国のアリス」に出てくるチェシャ猫そっくりの笑みだ。子供の頃はあの笑顔が何とも不気味に感じたものだが、大人になった今でもこの手の笑みを浮かべる人間は得意ではない。


「これ」

 言って、神坂は自らのスマホを見せた。

 どうやら何かのオープンチャットらしく、複数の書き込みがある。

 彼女の白い指先が画面をスクロールしていき、ある部分で止まった。


『幽霊パトカー』20:01

『はじめましてー。わぁ、懐かしい』20:01

『なっつwwwあれ、結局ガキのいたずらだったろ』20:01

『いやいや。でも、噂じゃけっこう頑張って騙したらしいよ』20:02

『だっせww警察仕事しろよなw』20:02

『なんのために税金払ってんだよ』20:02


 一人の人間が与えたトピックに、複数のアイコンが反応している。

 ログを見ると、ほとんどタイムラグは無さそうだ。

 しばらくは僕ら警察とかマスコミに対する野次が続いていたが、しばらくして最初にトピックを投げたアイコンの主が再び現れた。

 三角形の中心に青い目が描かれた、奇妙な意匠のアイコンだった。


『本物はいるよ』20:16


 端的に告げられた内容に対する反応は、今度はやや時間を置いたものだった。


『ソースどこよw』20:18

『kwsk』20:18

『どういう話か聞きたいのでお願いしますー』20:19


 次に目のアイコンが投下した話は、随分と長い。


『友人が三カ月前から行方不明になっていた。家族にも職場にも連絡を入れずに、だ。それが、二週間前に突然帰って来た。

 落ち着いた頃に話を聞くと、出張の帰りに通った山道で奇妙なものにあったと。

 山の中に、ぽつんと一台だけパトカーが走ってたんだと。

 道は一本道だし、前を走ってたからついて行ったそうなんだな。

 ところが、妙なことに気が付いた。

 知ってる道が無くなっている。

 もちろん、山道だから同じような景色だしランドマークも無い。

 けど、いつもならそろそろ集落につく位の時間だというのに、一向に明かりも見えないということに気が付いたんだって。


 それで怖くなって、一人になりたくないからずっと前を走るパトカーを追いかけていたらしい』20:25


『それでそれで?』20:25


『それだけ。いつの間にかパトカーは消えて、いつもの道に戻ってたらしい。もちろん、体感時間は三カ月じゃない。せいぜい二時間くらいだったと言ってた』20:26

『ただ、奇妙なことに。そいつ、それからやけにてさ』20:26

『買ってた宝くじが当たる。目をつけてた女の子に告白される。社内コンペで優勝する。他にも色々あったんだ』20:27


『ほうほう。その友人さんはどうなったんだ?』20:27


 次の一文に、僕の目は釘付けになった。


『死んだよ。一昨日、まだ若いのに心臓発作で』20:28

『今日はお通夜なんだ』20:28


 話を振っておきながら、そこで目のアイコンの主は退出してしまった。

 唐突で、それゆえに不気味な空気だけを残し、以降そのアイコンがチャットルームに現れることはなかった。


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