第6-3話 メリーさん③

 向かったのは、最初に「メリーさん」の名が確認された警察署である。

 先日、同じ小学校から再びの来訪者があったからだ。


 ――メリーさんに友達が殺されてしまったから、捕まえてほしい


 そう、来訪者は訴えたという。

 かくして、不確定案件の糸は繋がり、特殊調査室ぼくらに話が回ってきたのが昨夜のことだった。







 立哨中の警官に先輩が二、三言話して名刺を渡すのを、僕はぼんやりと見ていた。

 最初こそ胡散臭そうな顔をしていた年若い巡査の顔色が、名刺を確認した途端にサッと変わる。

 一転して丁寧な仕草で中に入るよう促され、先輩がこちらを振り向いた。「さっさと来い」とでも言うように手を振られ、慌てて僕もその背中を追う。

 すれ違った警官が、僕にまで引き攣ったような笑みを向けてきたが無視した。


 建物内に足を踏み入れると、冷房のおかげもあってか空気がひやりと気持ちいい。思わず、ホッと息をつく。

 平日の午前中とはいえ、意外と人が多い。広々とした空間を見回していると、受付から出てきた男性と目が合った。にこりと笑いかけられる。

 濃度に反してだいぶと領域を拡大している白髪と、垂れ気味の目。何となく「日本昔話」に出てくる善人系爺さんを彷彿とさせる容姿だ。

彼は、まっすぐに僕らの前までやって来た。


「お待ちしてました、特殊資料室の方ですね。生活安全課の奥村です」


 善人系爺さん――もとい、奥村さんが丁寧に頭を下げる。

 この件にも担当者がいるというのは、事前に聞いていた。恐らく、彼がそうなのだろう。僕らは、それを引き継ぐ形になる。

 儀礼的な名乗りと自己紹介を交換すると、さっそく参考人がいるという部屋にまで案内されることになった。


「若いね。何年目?」

「五年目です」

「良いねぇ。時間も体力もある、働き盛りじゃない。それに、良い体つきしてる。何かスポーツやってた?」

「学生時代にアメフトを少々」


 奥村さんは話好きなタチらしい。部屋に着くわずかな間、ずっと僕は彼と喋っていた。もっとも、嫌な感じは受けない。

 話し方もキビキビとして気持ちが良く、むしろ僕は奥村さんがすっかり気に入ってしまったほどだ。


「異動して日が浅いので、ご迷惑をおかけするかもしれませんが。よろしくお願いします」

「なんの、なんの。若いうちは迷惑かけるのも仕事のうちだよ」

 柔和な目を更に細めた奥村さんは「そうですよね」と、ずっと黙っていた先輩にも話を振った。先輩の片眉が上がる。

「死なない程度に頑張ってくれりゃ良いですよ」


 一瞬、空気が凍った。


「そう、ですね……。死んでしまえば、元も子もない」

 目に見えて、奥村さんの表情が沈む。

 そういえば、「メリーさん」の話を最初に聞いて亡くなった警官も生活安全課だった。小さくなった背中は、後輩のことを思い出しているのだろう。

 先輩が続ける。

「その件についてはご愁傷さまでした」

「お気遣いありがとうございます。どうか、の分までこの事件を解決して頂けたら――」

「それは約束しかねます。俺たちの業務は事件の解決じゃない。あくまで特異性調査と真偽、それを集めることです」

 ばさり、という擬音が聞こえそうだった。

 テンプレートじみた回答で切り捨てられ、ますます奥村さんの背中が縮まる。

「先輩……」

 思わず僕は眉を寄せて先輩を見下ろした。この人は、わかっていてあんな答えを返したのだろうか。

「いや、良いんだよ。私が悪かった」

 振り返ったた奥村さんが苦笑した。

「出過ぎたことを言いました。忘れて下さい」

 親子ほども歳の離れていそうな先輩に頭を下げ、奥村さんは再び歩みを再開させた。


 彼が次に足を止めたのは、ずらりと並んだ取調室の一つだ。

 目線だけで目的地についたことを教えられ、僕も小さく頷く。奥村さんが軽く扉を叩いた。


「はぁーい」


 ノックに答えたのは、まだあどけない少女の声だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る