第6-10話 メリーさん⑩

 基本的な『ひとりかくれんぼ』は、中に自分の爪や髪を呪物として詰めた人形(手足のあるもの)を鬼に見立て、家の中でかくれんぼをするというものである。

 だが、鬼城さんが見せてくれた『ひとりかくれんぼ』――報告書に則り鏡鬼と呼称する――は少々違う。


 まず、人形に詰める呪物。

 これは自分の血液を使うようにという指示があった。

 そして、呪物を米と一緒に人形に詰め、赤い糸で縫い合わす。

 その後。

 人形を誰もいない場所で合わせ鏡の中心に立たせて、以下の呪文を三回唱える。


「これは私です」


 唱えたら、合わせ鏡の前でオリジナルのひとりかくれんぼと同じ要領で人形を鬼に仕立て上げ、自分は『塩』を持って隠れる。

 終了方法は儀式に使用したのとは別の鏡(出来れば全身映るもの)の前に立って

「私はここにいます。私の勝ちです」

 と宣言した後に塩を鏡に撒く。たとえ鏡の中に何が見えても、それ以外の言葉を発してはいけない。


 儀式に使ったものは鏡も含めて、全て燃える形で処分すること。

 見つかれば、人形も。


「…………見つかれば、ってことは」

 言い淀む僕の言いたいことを察したのだろう、鬼城さんが嬉しそうに教えてくれる。

「そーなんだよ、見つからないんだ。この儀式は自分に見立てた人形を生贄に、そして鏡を通り道にした怪異の召喚。あるいは神隠しの再現なんだな」

「はぁ」

「つまりだ、これを利用すればお前を狙っているをおびき寄せて誤認させれる。と、そうあの人は考えたんじゃないか?」

「そう、かもしれません。でも――」

 先輩と話してから、ずっと胸にわだかまっていた思いを僕は吐き出した。


「僕だけ逃げて良いものでしょうか」


 鬼城さんの唇が皮肉っぽく吊り上がった。


「青いねぇ。お前、ゴジラ相手にピストル向けちゃうタイプ?」

「からかわないで下さい。僕は真面目に相談してるんです」

「怒るな、怒るな。冗談だ。お前の言いたいことはわかる。俺だって考えたもん。何のためにこの部署あるんだろうなーって」

「……で、答えは?」

 先輩も憶測くらいなら話せると言っていた。そう考えると、やはり誰しも通る道なのだろうか。鬼城さんは少し目を細めた。


「土壌作り、かな」


 言葉を纏めるように、ゆっくりと彼は続ける。

「俺やお前もそうだけどさぁ、お化けとかユーレイみたいな超常現象って皆心の底では信じてないだろう。自分とは関係ないというか、みたいな、妙な安心感? とでも言えば良いのかな。だから、都市伝説も怪談話も馬鹿みたいに流行って広がる。だって、どうせ他人事だからね」

 答えを返せずにいる僕に「インフルエンザの方がまだ怖がられてるよ」と鬼城さんは笑った。

「手洗いうがいをしなさいって叱る親はいても、零時に鏡をのぞいてはいけないなんて、真面目に忠告する親はいないだろう?」

「それは……確かに」

「だから怖いんだよ」

 ぞっとするほど平坦な声だった。

「俺たちの都合なんて関係ないぜ。だってあいつらは、俺たちの心そのものだ。俺達は誰しも、心に名前のない化物を飼ってる」

 鬼城さんはパッと両手を広げた。

「ま、この辺は俺の経験則からくる自論だ。科学的な証明なんて何一つされてない」

「はぁ」

「でも、俺達はそれを解明しないといけない。怪異はどこから来たのか、それは何者か、そして――どこへ行くのかってな」

 悪趣味なパロディーに僕は溜息をついた。

「ゴーギャンのファンにぶん殴られますよ」

 鬼城さんに反省の色は無い。大げさに肩をすくめる仕草が妙に様になっていた。

「そんなクソ野郎と語り合う気はないから安心しな。とにかく、この国には怪異を体系立てて解明・対抗する国家的な組織がない。必要だという意識も希薄だ。でも、こういう部署を経験した奴らが増えていったらどうだ? あるいは、物的証左として霊的な事象を突きつけられたら?」

「……いずれ、少数派が多数派になると。そう言いたいんですか? だとしたら、途方もない計画ですよ」

 にわかには信じられない。それくらい壮大かつ遠回しな方法のように思えた。

 僕の考えていることは承知しているのだろう。鬼城さんは否定意見に怒るでもなく、あっさりと「そうだな」と頷いた。

「これは俺の推測であり、期待だよ。自分が今やっていることは無駄じゃないって思えるためのな。お前が違うと考えるなら、お前にとってのこの部署の意義は、きっと別にあるんだろうさ」


 その理由を見つけられない僕は、黙って俯くしかなかった。


「お前が怪異の解決を意義とするなら、それも良い。ただ、これだけは覚えておけよ」

 薄ら笑いを引っ込めた鬼城さんは、真顔で忠告した。


「安易に死ぬことだけは許されない。俺達は何の力もない。だが、だからこそ、怪異に耐性のない人間でも対処と処置を間違えなければ生き延びて、事件の核心を――解決の糸口を掴めるってことを証明しないといけないんだ。それが次に繋がる」

「肝に命じます」

 満足そうに鬼城さんが僕の背中を叩いた。

「よしよし、頑張りたまえ若者よ。俺はイチ抜けするけどな」

「ありがとうございます。先輩は反対するかもしれませんけど、頑張ります」

「そりゃあの人はそうだろうな。また――」

 言いかけ、鬼城さんは目を泳がせた。その顔に一瞬、「しまった」という表情がよぎる。

「いや、何でもねぇや。忘れろ」

「え、そこまで言っておいて?」

 というか、『また』って何だ。気にするなという方が無理だろう。

 食い下がる僕に、鬼城さんはバツの悪そうな顔をした。逡巡した末、口を開く。


「お前、あの人の奥さんについてどこまで知ってる?」

「今一緒にいないってことくらいは知ってます」


 彼が既婚者だというのは周知の事実だ。左手の薬指を見れば、一目瞭然だろう。

 だから僕も、それとなく話を振ったことくらいはある。

 その時、彼は「いなくなっちゃてなー」と苦笑していた。別居でもしているのかと思ったので、以来その話題には触れていない。


「別居でも離婚でもなくて、行方不明。少なくとも、失踪宣告を出せるくらいは昔にな」

 言って、鬼城さんは左手をパーの形に広げた。

「日本でも五指に入る霊能者だったそうだ。どういった人物なのかは誰も知らないがな」

「そこまで有名人なら、ニュースになったりしなかったんですか?」

 鬼城さんは首を横に振った。

「一緒にいたあの人は名前をとられたが、より深く関わっていた彼女は存在ごと消された。だから、彼女の生きた痕跡は何一つ残っちゃいない。記録も、記憶も空白から推測するしかないんだ」

「記憶も――」



「名前すら思い出せない、ってあの人言ってたよ」



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