――新たな魔王よ、早く俺の元へと来い。そして  を束ね、  を護り、  の思惑からすべてを解き放て。俺は気付くのが遅すぎた。もう、俺にはその力はない。どうか、この仕組まれた連鎖を止めることのできる、強き、慧眼を持つ者が現れることを、切に願う――

「……」

 日記は、そこで終わっていた。

 所々が掠れ消え、読むことができなかったものの、少しわかったことがある。

 この日記を書いたのは、シャーロット姫を攫った魔王だ。

 ルーカスさんに倒された魔王……彼は、いったい何に気付いたのだろうか。

 この消えた箇所を読むことができれば、すべてがわかったかもしれないというのに……。

「女か……」

 女ということ以外、いったいどういう女なのかは、記されていなかった。

 しかし、魔王である彼が逃げるような存在。

 人間のような姿でありながら、人間ではない……。

「となると、魔族か、精霊?」

 もしくは……過った言葉に、おれは頭を振った。

「まさか。そんな未確認である架空の存在が、いるわけない……」

 わからないことだらけだ。でも、やっぱりこのシステムには何かある。

 ……気を付けなければ。

「こちらにおられましたか、ダレン様」

「エマ!」

「御食事の用意が整いました。どうなさいますか?」

 書庫の扉を開けて優雅な所作で歩いて来るエマの姿に、おれは日記を閉じた。

「ありがとう、今行くよ」

「はい! 御待ちしております!」

 先程とは、まるで違う人だ。

 今にもスキップをしそうな勢いで書庫を出て行くエマに苦笑して、おれは日記を棚に戻した。

 後で、エレンにも話しておこう。

 本当は、この日記を読んでもらう方が伝わるのだろうが、文字だときっと眠ってしまうから。

 だから、おれの思うままを伝えよう。

 エレンなら、きっと心のままを読み取ってくれるから。

「あ、ダレン来た!」

 螺旋階段を上がって、まっすぐに食堂へ向かうと、椅子に座ったエレンが食事を前にしていた。

 その両手には、それぞれナイフとフォークが握られているものの、汚れてはいない。

「待っててくれたの? エレン」

「当たり前でしょ。早く手を洗って」

「ありがとう。そうするよ」

 二人で食事をいただく。そういえば、この食材はどこで調達しているんだ?

「エマ、食材はきみが用意しているのかい?」

 配膳をしてくれた、背を向けている彼女に語り掛ける。

 エマは、笑顔で振り返った。

「もちろんで御座います、ダレン様。魔王様方に召し上がっていただくものです。他の者になど任せられません」

「そう……でもどうやって? 人間の扱う食材を魔族のきみが得るなんてこと、できるの?」

「見つかっちゃったら大変なことになるよ? いくらエマが強くてもさ」

 人間の街には、いたるところに魔力を感知するセンサーがある。

 魔族から自分たちの身を守るためのものだ。

 精霊は、その存在自体は魔力を帯びていないので、そのセンサーに引っ掛かるのは魔族ということになる。

 そのため、魔族は人間の街に足を踏み入れるだけで、その存在が感知されてしまうのだ。

 そうなれば、武装した自警団や騎士たちがこぞって集まって来るという仕組みである。

「御心遣いいただき、痛み入ります。しかしこれを使うので、問題は御座いません」

「これは?」

 エマが取り出したのは、手のひらサイズの黒い石だった。

 懐に入れ容易に持ち歩けるそれは、いったい何なのだろうか。

「これは護石といって、魔力を隠してくれるものなのです」

「魔力を?」

「はい。ですから、この護石を持ち歩いていれば、魔法を使用しない限りは人間に魔族だと知られることはありません。堂々と街中を歩くことができます」

「おいおい……」

 そんな物が存在するだなんて……。

 国の人たちが知ったら、パニックになるだろうな……。

「魔族が人間の街中を堂々と歩くって……それ、人間にとっては由々しき事態なんだけど」

「ああ、ダレン様は人間の心配をなさっているのですね。それでしたら大丈夫で御座いますよ。護石は、そうそう手に入るものではありませんので。所持しているのは、限られた者となります」

「限られた者?」

「はい。わたくしめと、護石を作った魔女です」

「魔女?」

 エマはにこりと頷いた。

「魔女は、人間の使う物や食材などを手に入れるために作ったと言っていました。ダレン様とエレン様の分も作らせましょうか?」

「え、良いの?」

「エレン、街へ行きたいの?」

 すかさず食いついたエレン。

 今のおれたちが街へ行って、どうするというのか。

「だって、たまには買い物とかしたいし……」

「そう……エマ、頼めるかな?」

「もちろんで御座います。今すぐに! 早急に、作らせますね!」

「いや、そこまで急いではないから、無理はさせないでね」

「左様で御座いますか? ダレン様がそう仰るのであれば……」

 危ない危ない……今絶対、即刻作らないと殺すくらいの勢いだったよ。

「では、魔女に連絡を取りますね」

 食堂を出て行ったエマ。おれは食事を再開する。

 街へ、行けるのか……。

「エレン、街へ行ったら、何をしたい?」

「武器屋を見に行きたい。良いのが入ってるかもしれないし」

「え……服、とかじゃなくて?」

 あれ? おれの思っていたのと違う。

 しかも、ここ最近で一番と言っていいくらい瞳が輝いている。

「ああ、防具も見ておかなきゃね」

「そう……エレンがそれでいいなら、良いと思うよ」

「?」

 エレンは、やっぱりエレンだ。

 銃兵も、勇者も、なるべくしてなったのだと思った。

「あ、そうだ。エレン、魔王の日記を見つけたんだ」

 食事を終えて一息ついたところで、おれはエレンに日記の話をした。

「女ね……エマとはまた違うの?」

「それは違う。また別の人として書かれていたから」

「ふうん……あたしたちは出会ってないよね」

「そうだな」

 おれたちは、姫を助けるべくこの城へと来た。

 しかし彼は、その女に唆されて、魔王を倒したと書いていた。

 まるで、その女が魔王システムを知っていて彼を利用したかのように――

「その女って、人間じゃないってこと?」

「ああ……数百年経っても同じ見た目の人間がいるなら、別だけどね」

「じゃあ、魔族ってこと?」

「それはわからない。読めなくなっていたから」

「そっか……謎の女ね……どんな人なんだろう?」

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