「エマ、人間を傷付けずに、おれたちをここから逃がして。リアムもだよ」

「承知致しました。では失礼致します」

 呼んだ瞬間に現れたエマ。

 にこりといつものように笑んで、おれとエレンを抱え上げた。

「え?」

「え、エマ?」

 予想外の行動に戸惑いの声を上げるが、エマは気にもせずに、たんっと跳躍した。

 その後ろを、リアムが追いかけてくる。

 呆気に取られていた人間たちだったが、ハッと我に返り、こちらへと駆けてきた。

 しかし、エマたちの跳躍の方が遥かに上で、あっという間に衛兵たちは見えなくなった。

 そして――

「ああああああああああああああ――!」

「わあああああああああああああ――!」

 エマは、ひょいっと崖を飛び降りた。

 リアムも躊躇うことなく後に続く。

 涼しい顔の両名を他所に、おれとエレンは叫ぶ。

 内臓が浮くこの感覚は、いったい何だ。

 落下によって生まれる恐怖心。

 どうやら人間の基本動作には、長距離落下は含まれていないらしい。

 本能が、拒否反応を起こしていた。

 やがて、とんっとエマが軽やかに着地する。

 そういえば、城でもこんな風に飛び降りていたっけ……なんてことを頭の隅で思った。

「こちらです、ダレン様、エレン様」

「……お前ら、大丈夫か?」

「あ、ああ……」

「とりあえず……」

『これは、大丈夫じゃないわね』

 笑顔のエマを先頭に、青い顔のエレンと並んで歩く。

 きっと、おれの顔も同じようになっているのだろう。

 リアムがおれたちを見る目が一緒なのが、その証拠だった。

 ふらふらと、海を横目に砂浜を歩いてついて行く。

 と、その先にはぽっかりと口を開けた洞窟があった。

「洞窟?」

「うわ、海の水が流れ込んでるぞ」

「リアム泳げる?」

「い、一応な」

 顔の強張った狼男。

 おれたちに構わず、ずんずんと先を行くエマの後をとりあえずついて行くべく、洞窟内へ流れている海水に身を沈ませる。

 泳ぎながら、どんどんと日の光が届かない奥へと進んで行った。

 おれは先を見通すために、サラマンダーの火を借りる。

 ぼんやりと丸い灯りがいくつも現れて、頭上の、水の当たらない場所で漂っていた。

「どこまで続いているの?」

「城で御座います」

「城?」

 城とはいったい……。

 城の周りにある森の、更に裏手の海の辺りに出られるのだろうか?

「ここから深くなります。エレン様、ウンディーネを」

「え? でも、助けてくれるかな?」

『もう大丈夫よ。特にエレンは、Lv.80じゃない。もうどの精霊もどんな要求にだって応えるわ』

「だって。精霊様が言うんだ。間違いないよ」

「そうね」

 自信いっぱいに、エレンがウンディーネを呼ぶ。

 以前その姿を見たのは、いつのことだっただろうか。

 青い彼女は、記憶そのままの姿で。

 しかし、態度はまるきり違っていた。

『お呼びですか? 魔王様』

「ウンディーネ、あたしたち、この洞窟を無事に抜けたいの。力を貸してくれるわね」

『承知致しました』

 ふわりと体に力が流れ込む。

 薄い膜で覆われているようだ。

『水中でも、呼吸を可能にしました』

「え? それ凄い!」

 嬉々とするエレン。

 意気込んで、更に奥へと進んで行く。

 やがて洞窟全体が水でいっぱいになって、潜って泳いだ。

 どうやら火も覆ってくれたようで、暗闇の中でも皆を見失わずに進むことができた。

 そうして、どれくらい泳いだだろうか。

 流れに逆らっているわけではないのだが、防具が重い。

 少し疲れてきた頃、流れが急になった。

「え?」

「何?」

「滝に御座います」

「滝ぃ?」

 これにはさすがのリアムも声を上げていた。

 しかし、誘われるように体は吸い込まれていく。

 もう抗えない。

「お、落ちる!」

「落ちるううううううううううう!」

 顔はもう水から出ているし、ウンディーネのおかげで難なく息ができるはずなのに、思わず息を止めてしまう。

 閉じた目からは、何も情報は得られない。

 水の音と体に感じる落下の浮遊感。

 抗えない重力。

 やがて、地面に叩きつけられた。

 ――いや、それほどの衝撃で水面に衝突した。

「げほっ、ごほっ……」

「ここは……」

 地に足が着いて、いつの間にかウンディーネの加護も消えていた。

 顔を上げると、そこには皆がいて、そして見たことのある光景が広がっていた。

「え、ここって……」

「あの滝?」

「はい。城の地下に御座います」

 漂う火の灯りに照らされた空間を、もう一度眺める。

 ごつごつと剥き出しになった岩々。

 背後の滝。

 暗い洞窟。

 これは紛れもなく、城の探索時に見つけた地下にある、あの洞窟そのものだ。

 まさか、この滝があの海に繋がっていたとは……。

「エマは、知っていたんだね。この洞窟とあの崖の洞窟が繋がっているって」

「はい」

 そうだった。

 確かに、エマにこの地下や滝のことを質問したことはなかったな。

「とりあえず、びっしょびしょ。上に出ようか」

「そうだね」

 ぶるぶると頭を振って、水分を弾くリアム。

 残念ながら、同じことはできないなあ……。

 階段を上って地上へ出て、部屋へは行かずに、エレンに手を引かれそのまま中庭へ。

 首を傾げていると、エレンはニッと笑って、シルフを呼び出した。

『お呼びですか? 魔王様』

「うん。あたしたちを乾かして」

『承知しました』

「おいおい、精霊の力をこんなことに……」

「いーから、いーから」

 風がおれたちをサッと包み吹き抜ける。

 一気に余計な水分を連れていってくれた。

「おー」

「便利だねえ」

「確かに」

 ぺこりと頭を下げ、シルフが姿を消す。

 本当にウンディーネもシルフも言うことを聞いてくれるし、扱える力が増えている。

 おれは、試しにサラマンダーを呼び出してみた。

「これが、サラマンダー?」

 それは、見たこともない大きさの、火蜥蜴だった。

 人間の男が横になったくらいの大きさ。

 とても強そうだ。

『そう。それが本来のサラマンダーの姿よ』

「そう、なんだ……」

『呼んだか、魔王様』

「ああ。きみが今、どれだけの力を使えるのかを確かめておきたいんだ」

『承知』

 低く重い声音で、短く応じたサラマンダー。

 前方を見据え、何も障害物のない空間を目掛けて火を吹いた。

「おおー!」

 声を上げたのはおれ――ではなくエレン。

 目をキラッキラと輝かせている。

「凄い! 凄いよ!」

「うん……これは、凄い」

 火の大きさ、長さ、威力。どれもが見ただけでわかる。

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