しかし彼女は嘯いているわけでもなく、まるでおとぎ話でも話して聞かせるかのように振る舞った。
「そう……私には、あの、のうのうとただただ時間を食い潰し、呑気にへらへらとしている者たちが、この、私と、同じ種族だなんていう事実が! 信じ難く、受け入れ難いことだったの!」
ここは、とある劇場の舞台の上だっただろうか。
まるでたった一人、スポットライトを浴びる女優であるかのような、大きな身振り手振り。
声は抑揚が強く、彼女の想いがぶつけられる。
「だから……私は作り変えるの」
「作り、変える?」
「そう……手始めに、あの者たちをすべて殺した」
あの者たち……それは。
「天族を滅ぼしたというのは、事実だったか」
おれの言葉に、ようやくこちらを向いた女。
その顔は、何ともつまらなそうなものだ。
どうやら余程おれが舞台に上がってきたことが、気に入らなかったらしい。
「あの男が残していたのね……よく動いて面白い男だと思ったのに、シャーロットを攫って……まったく使えない男だったわ」
「先々代の魔王を魔王に仕立て上げたのは、お前だろう?」
「随分な口の利き方ね、ラビッシュ」
「おれはゴミじゃない」
「ああ、喋るラビッシュ。教えてあげるわ。彼を魔王にしたのは、この私よ」
落ち着け、冷静になれ。
息を深く吐き出して、おれは続けた。
彼女を睨みながら。
「どうして彼を選んだ? 彼はおまえに唆されたと残していた」
「強そうな者を選んだだけよ、ラビッシュ。たまたま彼が当時の魔王を倒せた。ただそれだけ。私は当時、定期的に魔王を継承させるという仕事をしていたの。これでわかった? ラビッシュ」
「……。定期的に? どうして」
「質問の多いラビッシュね」
ぐっと拳を握り締めていると、エレンがおれの隣に立った。
「そんな仕事があったなんてね……天族が魔王を必要としていたということなの?」
「あらエレン。貴方も知りたいのね。良いわ、答えましょう」
そうして彼女は、神話の続きを語りだした。
おれたちは黙って、その話を聞いた。
天族は、地上に人間と魔族を投下した後、彼らを観察していた。
彼らは目まぐるしく変化する。
それは変化のない天空の彼らにとっては、唯一の娯楽そのものだった。
しかしある日、人間に予想外の変化が訪れた。
人間と魔族が争うことは今までにもあった。
強い魔族に対抗するべく人間たちは知恵を絞り、技術や産業を発展させていった。
その中で、なんと人間たちが同じ種族同士で争い始めたのだ。
それはあっという間にすべての人間を巻き込み、絶滅寸前にまで至った。
当時は魔族との争いも過熱しておらず、大人しいものだった。
天族たちは考えた。
せっかく作った、生まれた命を彼らは自ら壊してしまう。
どうしてそんな愚かな行為に至るのか。
そんなことを勝手にされては困る。
何故なら、それだとまた退屈になってしまうからだ。
人間たちが争う理由が仲間内で対立したからだと考えた天族は、彼らに大きな、共通する「敵」を作り出すことにした。
魔王という、人類にとっての敵を。
しかし、倒されてしまえば終わりだ。
ならば簡単なこと。
魔王という存在を、永遠に生み出せばいい。
なくならなければいいのだから。
そうして生まれたのが、魔王システムだった。
魔王を倒した者が魔王となる。
人間にとっての敵は巨大で、凶悪でなければならない。
弱い者では困るのだ。敵という認識をしてもらえなくなるから。
だったら、その強い者を倒せるほどの強者が魔王となればいい。
そうすれば、永遠に最強である魔王の出来上がり――
天族はこの遊びを酷く気に入り、楽しんだ。
共通の敵が存在することで、人間たちは同種族同士の争いをしなくなった。
それだけでなく、強力な敵が出現したことで、更に彼らは発展。
様々なものを生み出し、魔族に対抗しうる力を得ていった。
これがまた天族は楽しい。
くるくると変わる彼らの生活を見ない者は、彼らの中にはいなかった。
もちろん、女もその中の一人だった。
しかし、抱く感情は一人違った。
人間に、魔族は敵だという常識を植え付ける者。
魔族に傷付けられたと演出する者。
そして、魔王システムを滞りなく永遠にさせるために継承を促す者。
様々な仕事を割り振って、より面白い演出を考える彼らを見て、いつからか女には疑問が生じた。
彼らとは、面白さの抱き方が違う――と。
彼らは、まるでスクリーンの向こうの作り物の世界を、自分たち好みのストーリーに仕立て上げて満足している。
しかし、女が興味を抱いたのは人間たちの、自分たちにはない生命力だった。
それを、彼らが邪魔している。
曲げられている。
こんなものは違う。
純粋なものを見てみたい。
それには、邪魔だ。
彼らは、邪魔だ。
ならば。
――すべて、殺してしまえばいい。
元来、天族は無邪気な性質ではあるが、争い、傷付けるという発想はない。
女がその狂気に至ったのは、誰よりも地上に長くいたからかもしれない。
間近で、争うことが日常茶飯事の地上の光景を見ていたからだろう。
そうして彼女は、天族を滅ぼしてしまった。
自らの願いを叶える――ただ、それだけのために。
しかし、何年もの時が経った頃に、女は傍観していただけのその姿勢を変えた。
魔族に手を出し始めたのだ。
「魔女たちの前に現れ、アメリアの目を奪ったのも」
「俺の村を滅茶苦茶にしやがったのもそうだな!」
エレンとリアムの言葉に、ただ肯定する女。
そして、東の海を殺したのも自分がやったと笑いながら口にした。
「どうしてそんなことを?」
「どうしたって、やはり生み出したのはあいつらなんですもの」
「え?」
誰もが耳を疑った。
彼女は観察を続けてきた中で、天族の手が加わった常識に染まった彼らの様子が、段々と気に入らなくなってきたと言うのだ。
だから人間と魔族を壊して、一からすべてを始めようと思ったと。
そう素直に、何の悪気もなく、偽りも作為もなく、あどけなく言う。
これこそ無邪気。
これこそが天族。
彼女は、まさしくその性質をおれたちに知らしめてくれた。
「でも、私一人ではここまで増えた人間と魔族を壊すのに骨が折れるの。だから人間と魔族を争わせた。だから私は分身を生み出した。強く、力を持った私の可愛い分身を」
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