「人間と、魔族を、壊すために……?」
「そうよ、エレン。貴方は私の分身の中で、一番の出来よ。他はもういらないわ。ちゃんと魔王にだって、なってくれた」
それって……。
「もしかして、あたしたちを勇者にしたのは……」
「最初から決めていたの。貴方を魔王にすることを。だから勇者にと薦めたわ」
魔王になるために。
力を得るために。
最初から、仕組まれていた――
「魔王としての力を持った可愛い分身のエレン。待っていたわ。これでようやく始められる。さあ、行くわよ。一緒に壊しましょう。この、狂ってしまった世界を」
手を差し伸べられ、エレンはその向けられた手のひらをただただ見つめる。
そうして、肩を震わせ笑い始めた。
「あっははははははははははははははは……!」
「え、エレン?」
「あははっ、まったく滑稽ね。本当にその通りだわ。この世界は狂ってる」
顔を上げた姉の目は据わっていた。
女の目をただただ見つめている。
「そうよ。だから壊しましょう」
「そうね。壊すべきだわ……………………くだらない常識なんてものは」
「え?」
エレンがぱしんと女の手を払い除けた。
その口角は吊り上がっている。
「気に入らないから壊すなんて、ただの子どもじゃない。あんたいったい何歳なのよ!」
そう吐き捨てて、おれの手を握った。強く、握った。
おれも応えるように握り返す。
大丈夫。エレンの判断は間違っていない。
だから、もう震えないで。
「私の分身のくせに……この私に歯向かうか!」
「誰があんたなんかに従うってのよ。だいたい、あたしは教会の子よ。ダレンのお姉ちゃんよ。城仕えの銃兵で、勇者で、魔王! あんたなんか知らないもの!」
「信じぬというか……そのラビッシュを生み出したのは、自分だというのに」
エレンがおれを?
「一人で寂しかったのだろう? だから、不要な負の部分だけを切り離して捨てた。そうして心を保った……それを、この私から手放された後の、人間に見つかる前のあの短時間で為せた。この私の力を受け継いでいる証拠ね」
「知らない……! そんなの知らないわ! あたしはあたしよ! ダレンもダレンよ! 存在理由が何だとか、生まれた理由が何だとか、そんなことはどうでもいい! そんなものがなくったって、知らなくったって、あたしたちは生きていけるもの! だからそんなものをあたしたちに押し付けないで!」
「そうだ……おれたちはおれたちだ。存在理由も、生きていく理由も与えられなくていい。事実が何であれ、構わない。おれたちには動く体がある。考えられる脳がある。感じる心がある。存在理由も、生きていく理由も、必要なら自分で見つける。自分で選び取る。だから、そんな身勝手な理由でおれたちの命を奪うことは、許さない! 止めないと言うのならば……おまえを、倒す!」
おれの言葉にリアムが不敵に笑い、ルーカスさんは緊張し、目を覚ましていたシャーロット姫は再び意識を失いそうになり、エマはにやけ、クロエは嘆息していた。
そして、エレンは。
「よおく言ったわ。さっすがあたしの弟ね」
「だろ。もっと褒めても良いよ」
いつもと変わらぬ笑みを浮かべていた。
「倒す……ほほほ、捨てられたラビッシュが何を言っているのかしら。愚かな地上の廃棄物たち。お前たちは放っておけば戦争を起こす。過ちを繰り返す。そこの男のように、容易に言葉に踊らされ、惑わされ、真実を見失い、罪なき者をその手にかける。考えることを放棄し、目を逸らし、誰かに従い、責任を負わない。他人に関心はなく、自分には注目してもらいたい。誰かを支配し見下し、しかし見下されたくはない。贅沢を好み、そのために資源を貪る。敵を定め、大勢で囲み排除する。己の欲望を満たす。ただそれだけのために……。愚かな地上の廃棄物たちよ。お前たちはこのまま愚行を繰り返し続け、争い続け、その命だけでは飽き足らず、この地までも壊そうというか」
女の顔からは笑みが消えていた。
彼女が並べたこと……それは、どれも確かにおれたちがしてきたことだった。
「あたしたちは変わることができるの。あんたと違ってね」
「その変化の様を見てきたのならば、わかるだろう?」
「どうかしら。より欲望のままに生きているのではなくて?」
そうかもしれない。
だけど、そんな人たちばかりではないんだ。
「変わろうとしている人がいる。気付いた人がいる。それだけでも大きな一歩だ」
「そんな人がいる。それだけであたしたちは変われるの」
「何十年も」
「何百年と」
「かかるかもしれない」
「それでも」
「おれたちは」
「諦めない」
肘を曲げ、上げる。繋いだ手が、顔の横に並んだ。
「おれたちは、学ぶことができる生き物だから」
「今度はもっと上手くできるかもしれないと、考えるから」
「そうして重ねた過ちもあるかもしれない」
「それでも、誰もが幸せを願っていると思うから」
「壊したいと願っている人なんて、いないと思うから」
「だから、絶対に諦めない」
「無理だなんて思わない」
「どれだけ裏切られても」
「どれだけ信じてもらえなくても」
「わかってくれる人がいることを知っているから」
繋いだ手から、眩い光が溢れる。
二人の魔力を、解放する。
「だから、おまえには」
「絶対に、屈したりなんかしない!」
大地の精霊、ノーム。
風の精霊、シルフ。
火の精霊、サラマンダー。
水の精霊、ウンディーネ。
四体の精霊たちが、ずらりと並ぶ。
その姿は、まさに圧巻。
そして、そこに契約精霊のクロエも加わる。
「おまえの欲望を満たすためだけのお遊びに付き合うつもりはない」
「まだすべてを壊すつもりだと言うのならば、相手になるわ」
狼男のリアム、副官のエマ、英雄のルーカス。
彼らも、おれたちの周りに集う。
「俺にも暴れさせろ!」
「わたくしめは、ダレン様とエレン様の御力となりましょう」
「やっと目が覚めた気分だ。もう少しで本当の敵を見誤るところだった……今度こそ、俺は間違えない!」
シャーロット姫が安全なところへ避難したのを確かめて、もう一度目の前の翼を広げた女を見据える。
彼女は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
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