「地上の廃棄物どもが……生み出されただけの愚かな失敗作に、捨てられただけのペットどものくせに……この私に歯向かおうだなんて!」

「あんたもその唯一の存在だっけ? そいつに生み出されただけの存在のくせに! 魔族とか人間とかを生み出せるか知らないけれどさ、それだけで偉そうにしないでよね!」

「エレン、私の分身だというのに……やはり人間に育てさせるのは間違いだったか。良いわ。もう一度作り直す。すべてを壊して、次はこんな不出来なガラクタではなく、完璧な私の道具を作ればいい……」

 不敵な笑みを浮かべて、女はエレンに冷たい瞳を向けた。

 それはゾッとするような、凍った視線だった。

「だからもういらないわ。消えてちょうだい」

「――!」

 何が起こったのかを理解することはできなかった。

 女の目が細められて、鋭く素早い、頬を掠める突風が吹いた。

 それはエレンを目掛けていて、そして――

「リアム!」

 目の前に、ただ銀髪の男が転がっていた。

「何? 今、いったい何が……」

「お前ら、気を、付けろ……」

「リアム! 動いちゃダメ!」

 狼男に駆け寄り、狼狽えるエレン。

 おれも動揺を隠せない。

「クロエ、お願い!」

「構うな……俺はもう、ダメだ……」

「どうして! 嫌だよ、諦めないで!」

 金髪の女の高笑いが、玉座の間に響き渡る。

 それは、無情にも残酷な音色となって届いた。

「良いか……油断、するな……あいつは、速い……。俺は、見るだけで、精一杯、だった……」

「ほほほ……見えたのはそこの魔族だけということね……しかし、それの命ももう尽きる。さあ、どうする? 私を倒すのが早いか、全滅するが早いか、試してみる?」

「リアム……! クロエ、お願い!」

『できるならやってるわ……でも、私は万能じゃないのよ。彼らの言う通り、彼は、もう……』

 リアムからは、夥しい量の血液が溢れ流れていた。

 治癒力の高い彼でも間に合わないほどの傷。

 誰がどう見ても、助からないことは明白だった。

「目を……」

「え? 何?」

 掠れた声。焦点の定まらない赤い瞳。

 それでも彼は何かを伝えようと、言葉を血とともに吐き続ける。

「目を、見逃すな……」

「うるさい狼男ね。さっさと消えなさい」

「――っ、エレン!」

 咄嗟にエレンを突き飛ばすように、体当たりをした。

 おれも一緒に転がり、すぐさま体勢を整える。

 振り返ったそこには、見たくなかった光景が広がっていた。

「リアム――!」

 エレンの悲痛な叫びがこだまする。

 そこには、転がった狼男の首があった。

「こんな……酷い」

 あのままエレンを突き飛ばさなければ、エレンも切り裂かれていた。

 この女、本当におれたちを殺す気なんだ――!

「エレン、しっかりしろ! 死にたいのか!」

 ルーカスさんの怒号が届く。

 そうだ。今は訓練でも何でもない。

 ここは戦場だ。

 誰かを想っていては、勝てない。

「泣くのは、思うのは、弔うのは後にしろ! 後悔は後でいくらでも聞いてやる! だから、今は戦え!」

「ルーカスさん……はい。もう、大丈夫です!」

 銃を構えて、冷静な、いつもの戦闘スタイルをとるエレン。

 おれも剣を構えた。

「エマ、あの女を倒す。もちろん手伝ってくれるよね」

「もちろんで御座います」

「エマ……私に作られた魔王の副官。ただの人形が!」

 突風が吹く。

 エマはひらりと右側へ跳躍していたが、左の頬や腕に傷ができていた。

 血が、流れる。

「エマ!」

「御心配なく、ダレン様。また来ます!」

 寸でのところで避ける。

 しかし、腕に鋭い痛みが生じた。

 女が風を使うことはわかった。

 しかし速すぎて、もう感覚で避けているようなものだ。

 目には見えず、音は後から聞こえる。

 彼女に予備動作はなく、風を感じた時にはもう遅い。

 速すぎて目で捉えることは不可能。

 唯一視認できたリアムは、もういない。

 エマでさえ反応が遅れている。

 誰もが闇雲に動けずに、その場で手をこまねいていた。

「目を、見逃すな……」

 エレンがリアムの最期の言葉を呟く。

 そうだ。彼は女の目を見ろと言った。

 絶対に攻略の手立てがあるはずだ。

「風なら火だ! サラマンダー!」

 女がおれを見据えた。

 同時におれは避けずにサラマンダーで攻撃をする。

 風はきっとおれを狙ってくる。

 だから真正面から受けてやるんだ!

 サラマンダーが火を吹く。

 おれの髪が揺れる。

 風が巻き起こり、炎とぶつかった。

 炎は風を喰らい、どんどんと大きくなり、やがて竜巻のような形となって女を襲う。

 火災旋風は空気を呑み込み、そうして女へと迫り爆発した。

 突然の大爆発に辺りが白く、見えなくなる。

 知った匂いがふわりと鼻腔を掠めた。

 誰かを察知したと同時に、どさりという鈍い音が耳に届く。

「え――?」

「シルフ!」

 風が起き煙から視界が回復したおれたちの目に飛び込んできたのは、倒れているエマだった。

「エマ!」

 どうして彼女が血を流し倒れているのか、瞬時には理解ができなかった。

「ダレン、様……御無事でしょうか?」

「おれを、助けて……?」

 カツンと聞こえた靴音に顔を上げる。

 そこには煤で黒くなった汚れを嫌そうに見つめる女が立っていた。

「あの爆発の中、生きて……」

「お気を付け、くださいまし、ダレン、様……あの刹那の時に、あの女は、水を発生させ、相殺させたのです……風だけでは御座いません……どうか、どうかお気を付けを……」

「ダレン!」

 おれは突き飛ばされた。

 ともにルーカスさんが転がっている。

 咄嗟に上げた顔の先には、黒焦げになったエマがいた。

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