契約者、運命選択

12-1

「エマ!」

 目の前に広がる、ウェーブのかかったロングの紫の髪だったもの。

 ルーカスさんに助けてもらえていなければ、おれも彼女のように黒焦げになっていたのだろう。

「うっ……」

「エマ!」

 まだ息のある彼女を抱えて、クロエの元へ走る。玉座の間の端、リアムを治癒しているそこへ。

「ちょっと、いくらなんでも重症者二人なんて無理よ!」

 クロエの言葉に歯噛みする。

 魔族の潜在的な高い治癒力があっても、クロエの力で助けられるかわからないとは……。

「できるだけ、頼む……!」

 それだけを言って、おれは踵を返した。

 クロエたちには悪いが、余裕がない。

 おれは、ぐっと拳を握り締めた。

「火も扱えるのか……」

 風だけでなく、火まで……それにエマは、女が水を使ったと言っていた。

 まさか、四大精霊をすべて扱えるのか?

「集中するんだ!」

 ルーカスさんの声に、ハッとして剣を構え直す。

 どうする。

 どうすればいい。

 このままでは、やられてしまうだけだ。

 焦りにギリと歯噛みしていると、見据えていた女の目。それがにやりと細められた。

 何か来る……!

「えっ……」

 警戒したおれたちは、突然の足元の揺れに戸惑った。

 大地の属性の精霊による地震。

 そして、瞬く間にいくつもの土の壁が出現した。

「切り裂け、シルフ!」

 しかし、それもシルフによって崩すことに成功――と思いきや、その隙に炎がおれたちを襲う。

 すかさず、ウンディーネで対抗し防ぐ。

 何とか防ぐことはできているが、防戦一方。何もかもが後手に回っている状態だ。

 それどころか、完全には防ぎきれておらず、いくつかの傷を誰もが負っていた。

「何か、策はないのか……」

 考えていれば、判断に遅れる。

 しかし、考えなければ突破口を見つけられない。

 いったい、どうすれば良いのか……。

「ダレン! あたしたちは二人。ううん、今は三人いる。向こうは一人だよ」

「向こうは、一人……」

 女は四大精霊の力を次々と使ってみせる。

 その力に対し、こちらは有利な属性の力を使った。

 すると、その属性に有利な力を女は使う。

 その繰り返し――

「繰り返し……?」

 そうか……!

 おれは、エレンに一つ頷く。

 そして、サラマンダーの炎をおれの大剣に纏わせた。

 ウンディーネの水でできた盾をルーカスさんに持たせ、彼の大剣にも水を纏わせる。エレンの銃にはシルフの風を纏わせた。

 この状態なら、ノームの力も同時に使える。

 あの女とは違って……!

「ノーム!」

 土壁をいくつも立てる。

 予想通り飛んできたのは、風。

 すかさず大剣を振り回し、炎で切り裂く。

 水に襲われる前に、再び土壁を出現させる。

 女は、一度にいくつもの力を使ってこなかった。

 おそらく同時使用ができないのだろう。

 だからおれたちは、そこを攻める――!

 土壁に向かって、三人で走る。

 切り裂かれ、粉々に砕けた壁ごとを剣で切り裂きながら、そのまま突進を続ける。

 同時に風を纏った銃弾、炎を纏った剣、水を纏った剣で三方向から攻撃を行った。

 女の足元から土壁を出現させることも忘れずに。

 手応えは十分。辺りに爆発音が響いた。

「やったか……?」

「わからない。まだ油断はするな」

 土埃や煙が晴れると、そこには倒れている女の姿があった。

「くっ……」

 しかし、まだ女は生きている。

 十分にダメージを与えられてはいるようだったが、まだ何か仕掛けてくるかもしれない。

 おれたちは、一歩下がって女の様子を窺った。

「この私が……こんな廃棄物どもに……」

 わななく女の瞳は、怒りと絶望に染まっていた。

 このままこの女を倒すことができれば――そうすれば、おれたちの命は守られる。

 しかし、それで良いのか? ふいに疑問が浮かぶ。

 自分たちを護るためなら、この女を殺しても良いのか? と。

 そんなのは、この女と一緒じゃないのか?

 でも、殺さなければ殺される。

 だとしても、それを変えるための、抗うための戦いで殺すなんてことは、間違っているのではないか?

 こんなのは、違うのではないか?

「ダレン?」

「どうした、ダレン」

「二人とも、武器を下ろしてほしい」

 その言葉に、二人がぎょっとする。

「ええ? ダレン、どうして……」

「そうだ。何を言っているんだ!」

 女にとどめを刺そうとしていた二人を、手を上げて止めるよう促す。

 剣に纏わせていたサラマンダーの炎を消し、戸惑う二人に構わず一歩前へ出た。

「何のつもり……? ラビッシュ」

 倒れたままの女を見下ろす。

 どうやら、今は動くことができないようだ。

 このままもう一度攻撃すれば、確実に仕留めることができるだろう。

「私を倒すのでは、なかったの?」

「もう倒した。それで終わりにはできないのか?」

 そう言うと、女は笑いだした。

「終わりですって? 冗談じゃない。ラビッシュ、そんなことができると思っているの? 今も回復術式を練っているわ。いずれまた私は動き出す。それでも、そんな悠長なことを言うつもり?」

「言うよ……何度でも言う。向かってくるのなら、また倒す」

「殺してしまえば早いし、確実よ。私はここから逃げて、人間たちを襲うかもしれない」

「それでも殺さない。ここからは、逃がさない」

「……何故」

「自分たちを護るために、誰かを殺して良いなんてことはない。おれは、おまえに示したい。人間は変われるということを。だから――」

「――それはつまり、常識を変えると言うの?」

「変える。たとえ、どれだけの時がかかろうとも」

「……あの天族たちに唆され植え付けられた、人間と魔族の関係も。人間の欲望を満たすための愚かな行動も。何もかもを?」

 おれは黙って頷く。

 女は、嘲るような笑みを浮かべた。

「もういい。これ以上は、無意味よ」

「え――」

「やれるならやってみなさい。お前たちの百年など、私の瞬き一つ。見ていてやるわ。変えられるものなら変えてみせなさい。私の見たい世界を作ってみせなさい、ラビッシュ」

「……おれは、ゴミじゃない」

「ラビッシュはラビッシュよ。でもそうね……私の認める世界になったなら、その時は改めてあげるわ」

 くすりと笑って、女は愉快そうに目を細めた。

「良いわね……良いわ。良いじゃない。それも面白いわ。ラビッシュが世界を変えられるかどうか……つまらなかったら壊すから。良いわね?」

「……途中で手は出さないだろうな?」

「もちろんよ。こんなに面白そうなこと、余計なことなんてしないわ。するわけがない。その代わり、すべて自分たちの手で何とかするのね。誰も助けてはくれないわよ」

「わかっている」

 新しいオモチャを手に入れた子どものような顔をして、おもむろに立ち上がった天族は、くるりと背を向ける。

 広がった翼が、触ってもいないのにその柔らかさを視覚情報へと与えていた。

 しかし、このまま飛び立ち天空へと帰られては困る。

 可能かはわからないが、この魔王システムをどうにかしてもらわねばならないのだ。

 おれは彼女を呼び止めようと口を開きかけた。まさにその時。

「――なんてことを言うと、本当に信じているの?」

「え?」

「愚かな廃棄物。お前などの言葉が、この私に届くと本当に思って?」

 くるりと振り返った女は、笑いを堪えるような顔をしていた。

 そうして翼を使い、外へ向かおうとする。おれは咄嗟に駆け出した。

 あれはダメだ。このまま逃がしてはならない。

 止めなければ――そう手を伸ばした、その時だった。

「――!」

 誰もが我が目を疑った。

 何が起こったのか――理解が追い付かない。

 おれたちの目の前にいた女。その体がぐらりと傾ぐ。

 突如、一筋の光線が彼女を貫いたのだ。

 どさりとその場に倒れる天族。

 誰もが衝撃に言葉を失う中、一つの冷たい声が静かに、しかしはっきりとその場に響いた。

『愚かなことを……』

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