契約者、運命選択
「エマ!」
目の前に広がる、ウェーブのかかったロングの紫の髪だったもの。美しい金の瞳は、もう見ることは叶わない。
ルーカスさんに助けてもらえていなければ、おれも彼女のように、黒焦げになっていたのだろう。
ぐっと拳を握り締める。
「火までも扱えるのか……」
風だけでなく、火まで……それにエマは、女が水を使ったと言っていた。
まさか、四大精霊をすべて扱えるのか……。
「集中するんだ!」
ルーカスさんの声に、ハッとして剣を構え直す。
どうする。
どうすればいい。
エマまで失ってしまった。
もうこれ以上、奪われるわけにはいかない。
と、見据えた女の目が、にやりと細められた。
何か来る……!
「えっ……」
警戒したおれたちは、突然の足元の揺れに戸惑った。
大地の属性の精霊による地震。
そして、瞬く間にいくつもの土の壁が出現した。
「切り裂け、シルフ!」
しかし、それもシルフによって崩すことに成功。
――と思いきや、その隙に炎がおれたちを襲う。
すかさず、ウンディーネで対抗し防ぐ。
何とか防ぐことはできているが、防戦一方。
何もかもが、後手に回っている状態だ。
それどころか、完全には防ぎきれておらず、小さな傷を誰もが負っていた。
「何か、策はないのか……」
考えていれば、判断に遅れる。
しかし、考えなければ突破口を見つけられない。
いったい、どうすれば良いのか……。
「ダレン! あたしたちは二人。ううん、今は三人いる。向こうは一人だよ」
「向こうは、一人……」
女は、四大精霊の力を次々と使ってみせる。
その力に対し、こちらは有利な属性の力を使った。
すると、その属性に有利な力を女は使う。
その繰り返し――
「繰り返し……?」
そうか……!
おれは、エレンに一つ頷く。
そして、サラマンダーの炎をおれの大剣に纏わせた。
ウンディーネの水でできた盾をルーカスさんに持たせ、シルフの風をエレンの銃に纏わせる。
この状態なら、ノームの力も同時に使える。
あの女とは違って……!
「ノーム!」
土壁をいくつも立てる。
予想通り飛んできたのは、風。
すかさず大剣を振り回し、炎で切り裂く。
水に襲われる前に、再び土壁を出現させる。
女は、一度にいくつもの力を使ってこなかった。
おそらく同時使用ができないのだろう。
だからおれたちは、そこを攻める――!
土壁に向かって、三人で走る。
切り裂かれ、粉々に砕けた壁ごとを剣で切り裂きながら、そのまま突進を続ける。
同時に風を纏った銃弾、炎を纏った剣で斬りかかり、水の盾を掲げながらの剣での攻撃を三方向から行った。
女の足元から土壁を出現させることも忘れずに。
手応えは十分。辺りに爆発音が響いた。
「やったか……?」
「わからない。まだ油断はするな」
土埃や煙が晴れると、そこには倒れている女の姿があった。
「くっ……」
しかし、まだ女は生きている。
十分にダメージを与えられてはいるようだったが、まだ何か仕掛けてくるかもしれない。
おれたちは、一歩下がって女の様子を窺った。
「この私が……こんな廃棄物どもに……」
わななく女の瞳は、怒りと絶望に染まっていた。
このままこの女を倒すことができれば――
そうすれば、おれたちの命は守られる。
しかし、それで良いのか?
ふいに疑問が浮かぶ。
自分たちを護るためなら、この女を殺しても良いのか? と。
そんなのは、この女と一緒じゃないのか?
でも、殺さなければ殺される。
だとしても、それを変えたくて抗うための戦いで殺すなんてのは、間違っているのではないか?
こんなのは、違うのではないか?
「ダレン?」
「どうした、ダレン」
「二人とも、剣を、銃を、下ろしてほしい」
その言葉に、二人がぎょっとする。
「ええ? ダレン、どうして……」
「そうだ。何を言っているんだ!」
女にとどめを刺そうとしていた二人を、手を上げて止めるよう促す。
剣に纏わせていたサラマンダーの炎を消し、戸惑う二人に構わず一歩前へ出た。
「何のつもり……? ラビッシュ」
倒れたままの女を見下ろす。
どうやら、今は動くことができないようだ。
このままもう一度攻撃すれば、確実に仕留めることができるだろう。
「私を倒すのでは、なかったの?」
「もう倒した。それで終わりには、できないのか?」
そう言うと、女は笑いだした。
「終わりですって? 冗談じゃない。ラビッシュ、そんなことができると思っているの? 今も回復術式を練っているわ。このままだと、また私は動き出す。それでも、そんな悠長なことを言うつもり?」
「言うよ……何度でも言う。向かってくるのなら、また倒す」
「殺してしまえば早いし、確実よ。私はここから逃げて、人間たちを襲うかもしれない」
「それでも殺さない。ここからは、逃がさない」
「……何故」
「自分たちを護るために、誰かを殺して良いなんてことはない。おれは、おまえに示したい。人間は変われるっていうことを。だから――」
「――常識を変えると言うの?」
「変える。例え、どれだけの時がかかろうとも」
「……あの天族たちに唆され植え付けられた、人間と魔族の関係も。人間の欲望を満たすための愚かな行動も。何もかもを?」
おれは黙って頷く。
女は、嘲るような笑みを浮かべた。
「もういい。これ以上は、無意味よ」
「え――」
「やれるならやってみなさい。お前たちの百年など、私の瞬き一つ。見ていてやるわ。変えられるものなら変えてみせなさい。私の見たい世界を作ってみせなさい、ラビッシュ」
「……おれは、ゴミじゃない」
「ラビッシュはラビッシュよ。でもそうね……私の認める世界になったなら、その時は改めてあげるわ」
くすりと笑って、女は愉快そうに目を細めた。
「良いわね……良いわ。良いじゃない。それも面白いわ。ラビッシュが世界を変えられるかどうか……つまらなかったら壊すから、良いわね?」
「……途中で手は出さないだろうな?」
「もちろんよ。こんなに面白そうなこと、余計なことなんてしないわ。するわけがない。その代わり、すべて自分たちの手で何とかするのね。誰も助けてはくれないわよ」
「わかっている」
新しいオモチャを手に入れた子どものような顔をして、天族はくるりと背を向ける。
広がった翼が、触ってもいないのにその柔らかさを視覚情報へと与えていた。
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