12-2
声のした方へと、恐る恐る顔を向ける。
そこには、冷ややかな視線を女へと注ぐ契約精霊がいた。
「く、ろえ……?」
信じられない面持ちで、彼女の名を口にする。
大地の精霊は、見たことのない目でおれを見た。
それはまるで戦場にただ一人生き残った戦士のようで、無感情のような、無気力のような、それでいて意思を持った、冷たく鋭い刃のような、そんな視線だった。
『この地が誰の物か? ……それは、我らの物よ』
「クロエ、何を……」
まるで虫でも見るかのように倒れた女を見下して、心外だとでも言わんばかりに吐き捨てた。
『天族ごときが図に乗りおって、すべてが自分たちの物だと驕り高ぶった結果がこれか』
赤い眼が女から逸れる。
クロエはおれを見た。
とても、つまらなそうに。
『魔王。お前は選択を違えた。あの愚か者を野放しにしようとした。あの害悪を』
「お、おれは間違えたとは思っていない!」
まだこの状況を呑み込めないままに、それでも言い放つ。
だってそうだ。女には伝わらなかったかもしれない。それでもおれは、間違えたとは思っていない。
『まだ折れぬか。ではどうだ。もう一人の魔王よ。同意見か』
今度はエレンを見るクロエ。
エレンだって同じように思ってくれているはず。おれの想いをわかってくれているはずだ。
そう思い、おれも彼女の方を見る。
しかし、その顔は俯き、目が合うことはなかった。
「エレン?」
エレンの隣に立つルーカスさんすら、困惑していた。
おれとエレンが同意でないことなんて、今まであっただろうか。
些細なことは確かにあった。それでも、いつだっておれたちは同じ方向を向いてきた。
それなのに――
顔を上げたエレンは、ふるふると横にその首を振った。
「ダレンの言っていたこともわかる……だけど、あたしは甘いとも思う」
『ほう……では違うということだな』
こくりと頷くエレン。
おれは、信じられない思いでいっぱいだ。
まさか、そんなことがあるなんて。
他の誰の理解を得られなかったとしても、彼女だけは。
エレンにだけは、わかってもらえると思っていたのに――
「じゃあ、エレンは殺した方が良かったって言うのか!」
「そこまで言ってない! だけど、ダレンは彼女を信用しすぎた!」
二人、視線がぶつかる。
おれは胸に生まれた感情が気持ち悪くて、酷く苛立った。
「だったら、どうしてあの時におれを止めなかった! エレンだってわかってくれたから、その銃を下ろしてくれたんじゃないのか!」
「戸惑っていたのよ! それに言ったでしょう? ダレンの言っていることもわかるの。すべてを否定してるわけじゃない!」
「じゃあ、どうすれば良かったっていうんだ!」
「そんなのわからない!」
「わからないだって? だったら口を出さないでもらいたいね!」
「なんですって? いつもダレンが正しいと思ったら大間違いよ。現にあの女に逃げられそうになっていたじゃない!」
睨み合うおれたち。このままでは、何の解決にもならない。
見兼ねたルーカスさんが、間に入った。
「お前たち、そんな言い合いをまだ続けるつもりか? 今問題にすべきは他にあるんじゃないのか? たとえば、そこの精霊の行動について……とかな」
そう言って彼が大剣を向けたのは、クロエ。
ルーカスさんは、彼女に対して警戒心を露わにしていた。
『ふん……踊らされていた人形が』
「何?」
確かにそうだ。クロエは突然どうしてしまったんだ?
彼女は、こんなことを言うようなタイプではなかったはずだ。
「クロエ。きみは、おれたちが言い争うのが目的なの?」
『いいや、違う。私は問いを投げた。そうしたら、お前たちが勝手に始めただけだ』
「……クロエ、ちゃんと教えてくれ。きみは、どうして突然そんなことを言う? 何故、彼女を殺した? ――きみは、いったい何者なんだ?」
クロエは口端を吊り上げた。
まるで、その質問を待っていたかのように。
『私は、あんたたちの契約精霊よ』
「本当に、ただの大地の精霊なの?」
他の精霊は「個」というより、「性質」として存在しているように見える。
それに彼女は、そこにいるノームとはまるで違う。
加護と治癒を扱えたのは、ここにいる誰でもない。
クロエ、ただ一人だったのだから――
『ダレン……頭の良い人間。とても面白い人間たち……退屈せずに済んだ』
「え?」
『教えてやろう……私は紛れもなく精霊だ。そして、精霊の王でもある』
「精霊の」
「王?」
精霊にも、王が?
そんな話は、初めて聞いた。
『簡単な話よ。人間にも王がいて、魔族にも魔王がいる。同じように、精霊に王がいることがおかしいか?』
「い、いや……」
「聞いたこともなかったから……」
そう正直に告げると、彼女は見せつけるように溜息を吐いた。
『お前たちは、本当に自身にしか興味のない生き物だな。同種族同士ですら、何もわかっていない。考えない。知ろうともしない。抱く考えだけを押し付けて、そうして理解できなければ、相容れなければ、争うのだろう?』
「それは……」
『人間族も魔族も天族も。揃いも揃って愚かとしか言いようがない。お前たちがこうしてこの地で生きていけるのは、我らが存在するからだと、何故気付かない』
「きみたちが、存在するから?」
目線まで下りてきたクロエ。
手のひらサイズの彼女はしかし、近付くことでより威圧が増した。
『そうだ。我らの力を当たり前のように使役しよって……我らが一切の助力を断ち切った時、いったい何が起こるか……わかるだろう? ダレン』
精霊が力を貸してくれなくなったら?
そうしたら……。
「水も、火も、何もかもが、使えない?」
『そうだ。人間には我らの力など関係ないと思っていたか? 戦闘時にしか関わりがないとでも思っていたか? 魔族にしか関係性がないと思っていたか? そんなことはない。この地そのものですら、我らの加護によって存在する。我らにとっては、お前たちが何者であろうが一切興味はない。どの者も、等しく助力する対象であるからだ』
「どうして……」
じゃあ、どうして精霊族はおれたち、この地に生きる者に手を差し伸べてくれる?
ならば、どうして女を殺した?
『何故を問うか。それは我らにとって、存在意義であるからだ』
「存在」
「意義……」
ずっとただこの地に漂うだけの、眠っているだけの存在だった精霊族。
そこへ突如降ってきた命たち。
最初は、ただの興味だった。
しかし、その命たちが自分たちのおかげで生きていけることを知った彼らは、そこで初めて存在理由を得た。
それは、彼らだけでは手にすることは永遠に叶わなかったもの。
今更、手放せるものではないもの。
それなのに、あの女はこの命たちを蹂躙した。
このままでは、また眠るだけの日々に戻ってしまう。
だから、彼らは決めた。
女の陰謀に踊らされようとしている二人に近付くことを。
「だから、おれたちの契約精霊に?」
「すんなり現れて、簡単に契約してくれたんだ……」
『そうだ。お前たちのレベルは十分なものだったからな。しかし、魔王になったのは構わないが、レベルが1になってしまうとは誤算だった』
「それは……」
「あたしたちも思ったけどさ」
『まあいい。上手くいけば、お前たちがあの女を殺してくれる。そう思っていたというのに』
「……おれの選択が間違っていたと言ったのは、そういうこと?」
先程まで、まるでいつもの会話だと錯覚してしまうような雰囲気だった。
しかし、それはやはりおれの願望に過ぎなかったようで、向けられた赤の瞳は、また鋭く細められた。
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