しかしこのまま飛び立ち、天族のいなくなった天空へと帰られては困る。
可能かはわからないが、この魔王システムをどうにかしてもらわねばならないのだ。
彼女を呼び止めようと、口を開きかけた。まさにその時。
「――なんてことを言うと、本当に信じているの?」
「え?」
「愚かな廃棄物。お前などの言葉が、この私に届くと本当に思って?」
くるりと振り返った女は、笑いを堪えるような顔をしていた。
そうして翼を使い、外へと向かおうとする。
おれは咄嗟に駆け出した。
あれはダメだ。このまま逃がしてはならない。
止めなければ――そう手を伸ばした、その時だった。
「――!」
誰もが我が目を疑った。
何が起こったのか――理解が追い付かない。
おれたちの目の前にいた女。
突如、一筋の光線がまっすぐに彼女の体を貫いたのだ。
よろめき倒れる天族。
誰もが衝撃に言葉を失う中、一つの冷たい声が静かに、しかしはっきりとその場に響いた。
『愚かなことを……』
声のした方へと、恐る恐る顔を向ける。
そこには、冷ややかな視線を女へと注ぐ契約精霊がいた。
「く、ろえ……?」
信じられない面持ちで、彼女の名を口にする。
大地の精霊は、向けられたことのない目で、おれを見た。
それはまるで、戦場にただ一人生き残った戦士のようで、無感情のような、無気力のような。それでいて意思を持った、冷たく鋭い刃のような、そんな、視線だった。
『この地が誰の物か? ……それは、我らの物よ』
「クロエ、何を……」
まるで虫でも見るかのように、倒れた女を見下して、心外だとでも言わんばかりに吐き捨てた。
『天族ごときが図に乗りおって、すべてが自分たちの物だと驕り高ぶった結果がこれか』
赤い眼が、女から逸れる。
クロエはおれを見た。
とても、つまらなそうに。
『魔王。お前は選択を違えた。あの愚か者を野放しにしようとした。あの害悪を』
「お、おれは、間違えたとは思っていない!」
まだこの状況を呑み込めないままに、おれは戸惑いながら、それでも言い放つ。
だってそうだ。
女には、伝わらなかったかもしれない。
それでもおれは、間違えたとは思っていない。
『まだ折れぬか。ではどうだ。もう一人の魔王よ。同じ意見か』
今度はエレンを見るクロエ。
エレンだって、同じように思ってくれているはず。
おれの想いをわかってくれているはずだ。
そう思い、おれも彼女の方を見る。
しかし、その顔は俯き、目が合うことはなかった。
「エレン?」
エレンの隣に立つルーカスさんすら、困惑していた。
おれとエレンが同意でないことなんて、今まであっただろうか。
些細なことは確かにあった。それでも、いつだっておれたちは同じ方向を向いてきた。
それなのに――
顔を上げたエレンは、ふるふると横にその首を振った。
「ダレンの言っていたこともわかる……だけど、あたしは甘いとも思う」
『ほう……では違うということだな』
こくりと頷くエレン。
おれは、信じられない思いでいっぱいだ。
まさか、そんなことがあるなんて。
他の誰の理解を得られなかったとしても、彼女だけは。
エレンにだけは、わかってもらえると思っていたのに――
「じゃあ、エレンは殺した方が良かったって言うのか!」
「そこまで言ってない! だけど、ダレンは彼女を信用しすぎた!」
二人、視線がぶつかる。
おれは胸に生まれた感情が気持ち悪くて、酷く苛立った。
「だったら、どうしてあの時におれを止めなかった! エレンだってわかってくれたから、その銃を下ろしてくれたんじゃないのか!」
「戸惑っていたのよ! それに言ったでしょう? ダレンの言っていることもわかるの。すべてを否定してるわけじゃない!」
「じゃあ、どうすれば良かったっていうんだ!」
「そんなのわからない!」
「わからないだって? だったら口を出さないでもらいたいね!」
「なんですって? いつもダレンが正しいと思ったら大間違いよ。現にあの女に逃げられそうになっていたじゃない!」
睨み合うおれたち。
このままでは、何の解決にもならない。
見兼ねたルーカスさんが、間に入った。
「お前たち、そんな言い合いをまだ続けるつもりか? 今、問題にすべきは他にあるんじゃないのか? 例えば、そこの精霊の行動について、とかな」
そう言って彼が大剣を向けたのは、クロエ。
ルーカスさんは、彼女に対して警戒心を露わにしていた。
『ふん……踊らされていた人形が』
「何?」
確かにそうだ。
クロエは、突然どうしてしまったんだ?
彼女は、こんなことを言うようなタイプではなかったはずだ。
「クロエ。きみは、おれたちが言い争うのが目的なの?」
『いいや、違う。私は問いを投げた。そうしたら、お前たちが勝手に始めただけだ』
「……クロエ、ちゃんと教えてくれ。きみは、どうして突然そんなことを言う? 何故、彼女を殺した? ――きみは、いったい何者なんだ?」
クロエは口端を吊り上げた。
まるで、その質問を待っていたかのように。
『私は、あんたたちの契約精霊よ』
「本当に、ただの大地の精霊なの?」
だって、そこにいるノームとはまるで違う。
加護と治癒を扱えたのは、ここにいる誰でもない。
クロエ、ただ一人だったのだから――
『ダレン……頭の良い人間。とても面白い人間たち……退屈せずに済んだ』
「え?」
『教えてやろう……私は紛れもなく精霊だ。そして、精霊の王でもある』
「精霊の」
「王?」
精霊にも、王が?
そんな話は、初めて聞いた。
『簡単な話よ。人間にも王がいて、魔族にも魔王がいる。同じように、精霊に王がいることがおかしいか?』
「い、いや……」
「聞いたこともなかったから……」
そう正直に告げると、彼女は見せつけるように溜息を吐いた。
『お前たちは、本当に自身にしか興味のない生き物だな。同種族同士ですら、何もわかっていない。考えない。知ろうともしない。抱く考えだけを押し付けて、そうして理解できなければ、相容れなければ、争うのだろう?』
「それは……」
『人間族も魔族も天族も。揃いも揃って愚かとしか言いようがない。お前たちがこうしてこの地で生きていけるのは、我らが存在するからだと、何故気付かない』
「きみたちが、存在するから?」
目線まで下りてきたクロエ。
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