分身、誕生秘話

 

「え、何……どういうこと?」

 西の地域。人間の王族の城。

 玉座の間。

 人間と魔族と精霊、そして天族が一堂に会する中。

 誰もが言葉を失った中で、たった一人。

 姉、エレンだけが、乾いた笑みを浮かべていた。

「あたしが、何だって?」

 まさかと思っていた。

 あの女は、確かに姫に似ていた。

 そしてあの時、確かにもう一人の顔がおれの脳裏には浮かんでいたんだ。


 エレンにも、どこか似ている――と。


 瞳と髪の色がまったく一緒で。

 もしエレンが髪を伸ばせば、そうしたら、あの女に似るのでは?

 そう、感じていた。

 魔王の目を通して見たから、彼の感覚に引っ張られているのだとばかり思っていたけれど、あの時に感じた「懐かしさ」は、間違いではなかったらしい。

 しかし、信じられない。

 いくらおれたちに親がいなかったからって。

 家族がいなかったからって。


 だからって、彼女の分身とは――


「あたしたちが、分身――?」

 冗談でしょう? と言いたげなエレンの口振り。

 しかし、女の目はそんな素振りなど欠片も宿してはいなかった。

「たち、というのは、少し違うわね……」

「え?」

「私の分身は貴方だけですもの、エレン」

「え――?」

 女は、その目にエレンしか映さない。

 おれなんかは、まるでそこにいないと言われているかのように。

「何を……あたしたちは! あたしとダレンは、双子よ!」

 叫ぶように言い放つエレン。

 しかし、女はくすくすとその肩を震わせた。

「そっくりだったら双子なのかしら? そのような、人間が決めたことが何だって言うの?」

「は――」

 おれたちの誰もが、理解ができずに固まっていた。

 この女は、いったい何を言っているんだ?

 それって、どういうことなんだ?

 いや、そもそも、おれたちは何なんだ?

「揃いも揃って、何を考えるというの? お前たちは所詮、我らが天族が作り出し生まれたものであるというのに」

「え――」

「それって、人間も……」

「魔族もか……」

「ほほほ……無知なお前たちに教えてあげるわ。この地が、その命が、いったい誰の物であるのかを――!」

 そして女は語りだした。

 それは誰も知らない、天族の話。

 太古の昔の、生命誕生の神話。


 おれたち双子の、誕生の物語――


◆◆◆


 まだ、人間も魔族も存在していない世界。

 精霊が自然の中に眠っていた時代。

 唯一の存在が、自らに似た有翼の者たちを生み出した。

 彼らが後に、天族と呼ばれる者たちである。

 天族は地殻変動の激しい地上を嫌い、天空に居を構えた。

 争うこともなく、傷つくこともなく、病むこともなく、その体は、老いを知らない。

 唯一の存在の力が注がれ生み出された、第一の子らであったためだ。

 誰もが自らの存在、及び誕生の理由など問わなかった。

 ただただそこにいて、暮らしていた。

 しかし、遥かな時が経った頃に、彼らは知ることになる。

 退屈というものを。

 唯一の存在が何故、天族という存在を生み出したのか。

 そのことを、彼らは理解する。

 そうして、ただただ過ぎゆくだけの時を憂い始めた。

 ある時、彼らの中の一人が唯一の存在の真似をして、別の生き物を生み出すことに成功した。

 しかしその生き物は、翼を持たなかった。

 それどころか、それは非常に短命で、瞬きの後に動かなくなってしまった。

 それは、彼らが触れた、初めての死。

 そして、有限の命。

 しかし、彼らはその事実に対し、めげるどころか、敬遠するどころか、その不可思議な現象に興味を持ち始め、次々と生き物の生成に取り組んだ。

 研究し、失敗を重ね、そうして生まれたのが、今の魔族と人間族である。

 彼らにとって、魔族は成功した命。

 そして人間族は、失敗した命であった。

 失敗を多く繰り返したことにより、人間族の数は爆発的に増えていた。

 彼らはそれらを失敗作として、すべて地上へ捨てた。

 その中で壊れる者も多くあったが、運良く生き延びたのが、今の人間族の先祖たちである。

 地上でそれらが生きていると知った天族たちは、また興味を抱いた。

 あの失敗作が地上で生き延び、瞬く間にコミュニティーを築き、繁栄をしていたからだ。

 そこで思いつく。

 その地上に魔族を加えてみれば、いったいどうなるのか。

 それは実験の一環であり、また増えてきた住人を処分するための策であった。

 つまり彼らはいらないゴミと、育ち増えたペットを、自分たちの領域から排除したのである。

 こうして、地上に人間族と魔族。天空に天族という構図が出来上がった。

「これが、人間の言葉で言う遥か昔のこと……お前たちの誰もが知らぬ、神話の物語というところか」

 そこまでを聞かされたおれたちは、誰もが言葉を失っていた。

 どうやら、ただの作り話ではないらしい。

 人間や魔族、天族の見た目が少し似ていることも、そこから来ているのかもしれなかった。

「それで、あたしも作られたって?」

 エレンが自嘲でもしているかのような笑みを浮かべている。

 誰もが神話に動きを封じられた中、おれはただただ拳を握り締めていた。

「少し違うわね……貴方は私の一部よ。他の者たちが土から作ったような人形とは違うわ」

「人形……」

「土……」

 ふらりと意識を失うシャーロット姫。

 正気に戻ったらしいルーカスさんに彼女を預け、エレンは立ち上がった。

「一部?」

「ええ、そうよ」

「あたしは天族なの?」

「さあ? どうかしら。そんな些末なこと、どうでもいいわ」

「些末……そうね。その通りだわ」

 女を睨みつけるエレン。

 その視線さえ、石に針。

 女はエレンの視線になど気付いてもいないようで、すべてを見下していた。

「どうしてあたしを生み出したの? もしかして、人間の中にはあたしみたいな人間がたくさんいるの?」

「そうね……簡単に言えば、その髪を持つ者が天族に近いと思ってちょうだい」

「この金髪が……?」

 今や珍しくもなくなった金髪。

 しかし、確か彼が言っていた――金髪を珍しいと。

 増えたのは、ここ最近の話ということか。

「そうよ。そこのシャーロットは、人間との混血だから少し色が違うけれど。貴方のような髪を持つ者は、私の分身なの」

「まさか、全員が……?」

 エレンが驚愕にその顔を染める。

 それはそうだ。金髪の人間だなんて、いったい何人いる?

 それがすべてこの女の分身だなんてことが、信じられるわけがない。

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