彼女の研ぎ澄まされた感覚と確かな腕は、その芸当をいとも簡単にこなしてみせる。

 そして互いに、次にどう動くかがわかるおれたちには、言葉はいらない。

「くっ……やめろ。二人とも、やめるんだ。やめてくれ!」

 ガキン、ガン、と鈍い音が鳴り響く。

 苦しい。こんなにも苦しい戦いは、初めてだ。

 それでも、おれは決めたんだ。

 そして、それをエレンも許してくれた。

 たった一人の家族が、許してくれた。


 だから、もう一片の迷いもない――


「ごめんなさい、ルーカスさん」

 そう言って、おれは銃弾によって手元を撃たれたルーカスさんの大剣を蹴り飛ばして。

 武器を失った彼の腹へと、その切っ先を向けて、駆けてきたエレンとともに、突っ込んでいく。

 飛び込むように。まるで、抱きつくかのように。

 二人で握り締めた剣を、躊躇いなく彼へと突き刺した。

「ルーカス!」

 姫の叫びが響き渡る。

 彼には悪いが、ここまでしないと意味がない。

 彼を、魔王を倒したと、誰の目にも明らかでなければならないのだから。

「はっ、はぁっ」

「はぁっ……」

 肩で息をするおれたち。

 ガランと手から滑り落ちた大剣が、音を立てる。

 二人目が合うと、どちらともなく抱きついた。

「馬鹿ダレン。一人で背負おうとするなんて」

「馬鹿エレン。一緒に背負おうとするなんて」


 ドクン……。


「ああ……!」

「うあああっ……!」

 瞬間、揺れる視界。

 まるで、体が燃えているかのように熱い。

 襲い来る体中の痛み。

 これが、彼の言っていた現象。

 ならば、おれは、おれたちは、人間でなくなる……。

 これで、良かったはずなのに。

 こうなることを、望んでいたはずなのに。

 どうして、心細いのだろう。

 どうして、不安なのだろう。

「ダレン、大丈夫だよ、一緒だからね」

「エレン、大丈夫だよ、離さないからね」

 おれたちは、互いの体を抱き締めたまま、転がった。

「く、クロエ……!」

『わかってるわよ』

 精霊が、ルーカスさんの元へ飛んでいく。

 その姿を見届けてホッとしたおれは、そのまま意識を失った。


◆◆◆


 様々な記憶が、流れるようにして体に入って来る。

 力が溢れる感覚。

 これが魔力と呼ばれるものなのだと、理解した。

 魔族語まで頭に入って来る。

 魔族に関する知識さえ、容易に理解してしまった。

 と同時に、代々の魔王の苦悩が押し寄せてくる。精神が喰われてしまいそうだ。

 それでも、おれがおれでいられたのは、きっと一人ではなかったからだろう。

 感じる温もりに、おれはおれを見失わずに済んだのだった――


◆◆◆


「ん……え、れん……」

「んっ……だれん……」

 目を覚ますと、同じように開いた瞼から覗いた碧眼とぶつかった。

 おれたちは、倒れた時そのままに、互いの体を抱き締めたまま、床に転がっていた。

「良かった、気が付いたんだね」

「良かった……本当に良かったわ」

「ルーカスさん……姫……」

 体を起こすと、ルーカスさんにおれとエレンは抱き締められた。

 彼も無事なようで、良かった。

 さすがはクロエ。大地の精霊様の治癒力の凄さを、改めて感じる。

 それに、彼に感じていた魔力は、その一切がなくなっていた。

 ルーカスさんは、ちゃんと人間に戻れたようだ。

「二人は、本当に魔王になってしまったんだね」

 悲痛な顔で掛けられた言葉に、互いの顔を見る。

 一見、何も変わりがないように見えるのに、溢れる魔力が先程までの自分たちではないのだと、雄弁に物語っていた。

『私の契約者が、魔王になってしまうとはね』

「ごめんね、クロエ」

『良いわ。あんたたち、やっぱり面白いもの。このまま契約しておいてあげる』

「ありがとう」

 くるくると踊るように飛ぶ精霊。

 治癒の力を使える彼女が残ってくれて、ホッとする。

 と、そばにいた穏やかな微笑みが、真剣な顔つきに変わった。

「どうして、こんな無茶をしたんだ!」

 彼が怒るのは、無理もなかった。

 いつだって、こうして時に優しく、時に叱って、おれたち二人を導いてくれた彼だからこそ。兄のように思う彼だからこそ、放っておけなかった。

 たった二人のおれたちとは違って、彼には待っている家族がいるのだから。

「ルーカスさん、ごめんなさい」

「ごめんなさい、ルーカスさん」

「二人とも……俺は、君たちだって家族だと思っているんだ。それなのに、こんなことをして……!」

 ああ、温かい。

 彼の胸から、腕から伝わって溢れる優しさが、温もりが、こちらにも分けられる。

 頬を滑る滴すら温かいのだから、不思議だ。


 それからおれたちは、抱き締めあって泣いた。

 再会と、再びの別れを惜しんで。


「とりあえず、おれたちはここでいろいろと探ってみます」

「ああ、くれぐれも気を付けて」

 おれとエレンは、魔力を持つ者として城に残ることになった。

 こんな状態で迂闊に外へ出てしまえば、即捕らえられて火刑だからだ。

 そしてルーカスさんには、姫とともに王城へ帰還してもらうことにした。

 そこで彼には、魔王に捕らえられてしまっていたが、なんとかその魔王を討ち倒して姫を救ったという話をしてもらう手筈になっている。

 もう魔王はいないという話を、誰もに広めてもらうために。

「それで、討伐部隊がここへ来ることはなくなるでしょう」

「その間に、魔王システムを調べてみるよ」

 おれたちに流れてきた、記憶。

 その中に、ヒントがあるような気がしている。

 きっと、何かあるはずだ。このシステムには、何らかの鍵が――

「ルーカスさんは、国でこの城へ来るような者が出ないように、見張っててくださいね」

「まったく……良く頭の回る子たちだ。君たちのように腕と知恵があれば、もしかしたら本当に何とかしてしまえるかもしれないな」

「ま、気長にやりますよ」

「そうそう。それに、こーんなに広いお城があたしたちの好きにできるかと思ったら、わくわくしてきちゃう」

「本当だ」

「魔族も好きにできるんでしょ? 腕がなるわね」

「油断はするなよ」

『本当にね』

「はーい」

「はい」

 おどけて返事をするおれたちの目の前へ歩いてきた姫に、そっと優しく手を取られた。とても綺麗な白く細い手指に、ドキリとする。

「姫……」

「お二人は、国の英雄です。どうか、どうかご無事で」

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