「……お母様は恥ずかしいと言って、隠しておられるので、内密にしてくださいね」

 可愛らしくお願いされてしまった。

 くらりとするのを寸でのところで耐える。

 エレンの目が怖くて見られなかった。

「左目はお二人のような、綺麗な碧眼です。右目は輝く金色です。隠す必要などないと何度言っても、お母様は奇異の目で見られることを怖がってらして……」

「そうだったんですね……必ず誰にも他言しないと約束します」

「お願いしますね」

「はい!」

 声がでかいなと呟き肩を震わせるリアムを無視し、おれは王妃のことを更に尋ねる。

「王妃様と話をしてから、ルーカス、様、が、急に城を出たと仰っておられましたが……」

「はい」

「王妃様が、何か関わっていらっしゃるということですか?」

「……そんな気がして、なりません」

「どうして、そう思われるのですか?」

 姫の蒼い瞳に、憂いが差した。

 確信があるわけではなさそうだった。

「お母様は、わたくしが攫われていたこの一年で、何か変わってしまったような気がするのです」

「変わって」

「しまった?」

 プラチナブロンドが、頷き揺れる。

「実は、お母様に話したのです。真実を」

「えっ」

「真実って……」

 顔を上げた姫は、目尻の下がった、困ったような顔をしていた。

 まるで、叱られた子どものようだ。

「お母様なら、きちんと話を聞いてくださると思って……」

「それで、魔王システムのことを?」

「……はい」

 エレンと顔を見合わせる。

 もし王妃が、本当に天族の女だったとしたら?

「……っえ、その、それで、王妃様は何と?」

「お母様はにこりと笑われて、きっと夢を見ていたのねと、それきり取り合ってもいただけなくて……」

「そ、そうですか……」

 それだけでは、何もわからないな。

 目と髪の色が同じというだけでは、白を切られたらどうしようもない。

「それからです。お母様の様子がおかしいのは」

「え?」

「……わたくし、思うのです。お母様はきっと、人間ではないのではないかと」

「それは、どういう……」

 姫は、初めて口にすることだと言った。

 おれたちはもちろん、口外しないと誓った。

「お母様は、記憶の中のそのままの御姿です。この十八年もの間、変わらぬのです。そんなことが、あると思いますか? そして、一度だけ見たことがあるのです。ずっと幼い頃に見た夢なのだと思っていましたが……お母様の背から、翼が生えていたのです」

「翼……」

 やはりそうだ。

 間違いない。


 王妃が、天族の女――


「姫、城に戻りましょう。きっと、姫の不在はもう知られています。それに、きっとルーカス様は城に向かわれていると思います。……魔女を、仕留めたので」

「そうでしたか……わかりました。城へと戻ります。皆様はどちらへ?」

「おれたちは――」

 おれの言葉を遮るように、すかさずエレンが前へと出た。

「姫、あたしたちが同行致します。お一人では危険ですから」

「エレン?」

「何よダレン。姫を一人にさせるつもり?」

「いや、そんなことは……」

「じゃあ良いでしょ。ということで、行きましょうか、姫」

「ありがとうございます。心強いですわ。よろしくお願い致します」

 ずいずいと姫を連れて、小屋を出て行くエレン。

 おれは、唖然としながらもそばにあったフードマントを持って、後を追う。

 手に持ったそれを、並んだリアムに渡した。

 きっとアメリアのだろうそれと、護石を狼男に持っていてもらう。

 エマ以外の誰もがフードマントをしっかりと被って、街へと向かって歩いた。


 郊外へは、難なく辿り着いた。

 街へと入って、一直線に城を目指す。

 フードマントを被っていることは、珍しくもない。

 おれたちは、怪しまれることもなく城まで辿り着くことができた。

「門番がいない?」

 城の門まで辿り着くと、そこには誰もいなかった。

 妙に静かで、不気味なくらいだ。

 何だか胸騒ぎがする。

「罠、かな?」

「どうだろう。本当に誰もいないみたいだけど……」

『見てきてもらえば? シルフに』

「あ、そっか」

 自分は行かないんだねと思いながらクロエを横目に、シルフを呼ぶエレンを見る。

 現れた風の精霊に頼んで、辺りを見てきてもらった。

「どう?」

『人間の気配も匂いもしないよ。この辺りには、誰もいない』

「どういうことなんだろう……?」

「ちょうどいいじゃねえか。正面から入ろうぜ」

 ずかずかと入っていくリアム。

 戸惑いながらも後を追い、城内へと足を踏み入れた。

「本当に、誰もいない……」

 しんと静まり返った城内に、足音だけが響く。

 いったい、何があったというのだろうか。

「今日は、何もない日ですよね?」

「ええ……そのはずです」

 顔を曇らせるシャーロット姫。

 おれは、こんな時に掛ける言葉を持っていない。

「とりあえず、中に入れて良かったね。妙な騒ぎにならないか心配だったんだ」

「そうですね」

 エレンの言葉に少し場が和む。

 不安だけを抱えていたらダメだ。

 わからないなら、確かめないと。

 すっかりフードマントを脱いだシャーロット姫を囲むようにして歩く。

 と、姫が徐に口を開いた。

「そちらの方々は、魔族ですか?」

「俺のことか?」

「はい」

 リアムとエマが反応する。

 おれはそうだと肯定した。

「彼らは仲間なのですか?」

「そうです」

「……魔族の方を、誤解していたかもしれません」

「姫?」

 にこりと微笑んで、姫は二人を見やる。

 そういえば小屋で話していた時も、人間に見えるエマはともかく、明らかに狼の耳の生えたリアムを見ても、怖がってはいなかった。

「もっと、人間は見境なく殺されるものかと思っておりました。それとも、そばに英雄のお二人がいらっしゃるからかしら?」

「それは、話もできねえような雑魚野郎だな。まあ、魔王に命令されればやるかもしれねえけど」

「リアム!」

「冗談だよ」

「そうなのですね……わたくしたちは、もっと互いのことを知らなければならないのかもしれませんね」

 それは、おれの心に光を射す一言だった。

 おれたちは、決め付けてしまっていたのかもしれない。

 諦めてしまっていた。

 人間と魔族が分かり合える道を、断っていたのは、紛れもなくおれたちだったのだ。

「姫……そう言っていただけただけで、おれたちは救われます」

「……何か、あったのですか?」

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