「だから、言ったじゃん。金髪女がラスボスで、あたしたちがそいつを退治しに行く、勇者一行だねって」
「まったく……だから、おれたちは魔族の一団じゃないか」
「あははっ、そうだね」
「ったく、おいおい。お前、いったいどれだけの力で木を殴ったんだ。血が出てるぞ」
「本当で御座います。もったいない……ではありません。早く治療をされませんと」
『仕方ないわね』
「ありがとう、クロエ」
痛みが引く。
それは、傷が治ったからだけじゃない。
心の痛みも、引いた。
なんて不思議なんだろう。
彼らの顔を見ただけで、飛んでいってしまった。
「それでえ?」
「え、何、エレン」
「何、じゃないわよ。ダレン、何かあたしに隠してることあるでしょ?」
じりじりと詰め寄るエレン。
「は、話したのか、リアム!」
「俺は知らねえなあ」
「くっ……」
「んー? ほらほら、早く吐いて楽になっちゃいなよ」
これは、もう逃れられないな。
怒られて説教コースだ……。
「実は……」
おれは、泣く泣く話した。
案の定、正座させられた。
足が、痺れた。
「金髪の女の顔を見た時に、似てると思ったねえ……」
森を歩きながら、考え込むエレン。
「あたしも見たかった」
「そこ?」
「だって……」
おれは感じたんだ。
あの美しい女の顔が、彼女に似ているって。
「やっぱり好きだったから、よく見てたのね、姫の顔」
「……うるさいな」
美しいプラチナブロンドのロングヘアー、透明感のある澄んだ蒼い瞳。
憂えた眼差しさえ美しい、聡明な面差し。
その声は、まるで小鳥のさえずり。
とても綺麗な、白く細い手指。
そんな姫の相貌が、あの夢の女にとてもよく似ていた。
そして――いや、これは黙っておこう。
姫と彼女では、まったく似ていないのだから。
「ダレンは、誰を疑っているの? 姫……なわけはないのでしょう?」
姫は似ているだけだ。
彼女じゃない。
城にいるという女。
だとしたら――
「おれは、王妃様が怪しいと思っている」
姫の実母である現王妃。
遠目にしか見たことはないけれど、美しい金の髪が特徴だ。
そして右目は、その長い髪によって隠れていると聞いたことがある。
それに――
「王妃様を見たことがある同期が言ってたことを思い出した。お前たちの目と、同じ色をしていたって」
ということは、王妃の瞳は碧眼ということになる。
隠れた右目。
金の髪。
可能性は、高い――
「闇雲に城に潜り込むわけにもいかないし、王妃様に狙いを定めるってことね」
「うん。だけど、どうやって城に潜入するかだね。王妃様に辿り着く前に、捕まっちゃうよ」
「ダレン、一人でどうするつもりだったのよ」
それを聞かれると、困るというものだ。
「もしかして、珍しく作戦なし?」
「いや、まあ……城内のことはわかってるわけだし……」
「えー?」
森を抜けたところで、エレンが方向転換する。
「どこ行くのさ」
「茨の地よ」
「え?」
茨の地へ?
その先には、アメリアの家しかない。
いったい、どうして……。
「アメリアの使っていた護石を借りるの」
「あ……」
そうだった。今は、リアムの分がない。
このままでは、街にすら入れない。
「あの後どうなったのかも、気になるし」
「そうだね……」
おれたちは、まっすぐ茨の地へと向かった。
茨は、やはりズタズタだった。
そうしてしばらく進んで行くと、小屋が見えてきた。
そこには、もう誰もいないようだった。
「さすがに、撤収してるよね」
「戻って、魔王城へ向かうために準備をしているのかも……冗談だよ」
唇を尖らせるエレンから目を離して、小屋へとそのまま歩いて行く。
一応警戒はしていたけれど、杞憂に終わったようだ。
「中にも、誰もいねえな」
「そっか」
中を見てきてくれたリアムに頷いて、おれは辺りを見渡す。
アメリアも連れていかれたということか。
「感傷に浸ってないで、ほら探すよ」
「う、うん……」
吹っ切れたエレンは強い。
いつまでも引きずらない。
おれも、気持ちを切り替えよう。
「物がいっぱいだね」
「リアム、隅々まで見てよ?」
「わーかってるよ。面倒くせえなあ」
本や薬草だらけの机の上。
鍋の中身は、よくわからない液体で満たされていた。
部屋の床には、何か紋章のようなものが描かれていて、以前来た時とテーブルの位置が変わっている。
ここでアメリアは天族の女を、自分の目の居所を探っていたのだろうか。
「あった!」
エレンの声につられて顔を上げる。
と、彼女が飛び跳ねてきた。
「ほら!」
「わかった、わかったから乗らないでくれ」
背後から飛びつかれて、背中に重みを感じる。
眼前に回された腕――その手の先には、確かに護石があった。
「――誰だ!」
鋭く飛んできた声。
それは、狼男のそれで。
戯れていたおれたちは、すぐさま声のした方へと向かう。
小屋の入り口で視界に飛び込んできたのは、外へ向かって吠えるリアム。
そして――
「え?」
「人間?」
フードマントを目深に被った、一人の人間が扉のそばに立っていた。
柔らかな体のライン。
マントから覗く白い腕。
隠しきれないロングのプラチナブロンド。
まさか――
「姫、様……?」
おれの呟きに、全員の目が瞠られる。
マントの女は頷き、そのフードを取り去った。
「シャーロット姫……」
エレンが、まさかと口元を覆う。
おれも信じられない。
どうして、こんなところに姫が?
「姫様、どうしてここに……」
「お一人なのですか?」
「ええ……まさか、お二人にここで会えるとは思いませんでした」
とりあえず、外は危険だ。
姫に小屋の中へと入ってもらい、椅子を勧める。
彼女はおれたちに礼を告げ、腰掛けた。
「ルーカスを、追ってきたのです」
「え?」
姫は教えてくれた。
こっそりと彼が心配で、抜け出してきたこと。
ここへ向かうことを聞いていたので、目指してきたことを。
「どうにも、ルーカスの様子がおかしくて……」
「様子が?」
「ええ……お母様と何か話をしてから、急に魔族を倒すためにと、城を出てしまって……」
おれとエレンは顔を見合わせる。
王妃と話をしてから?
「あの、シャーロット姫。王妃様のことを教えていただきたいのですが」
「お母様の? ええ、構いませんが」
「ありがとうございます。あの、王妃様の瞳をご覧になられたことは?」
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