10-2

「闇雲に城に潜り込むわけにもいかないし、王妃様に狙いを定めるってことね」

「うん。だけど、どうやって城に潜入するかだね。王妃様に辿り着く前に、捕まっちゃうよ」

「ダレン、一人でどうするつもりだったのよ」

 それを聞かれると困るというものだ。

「もしかして、珍しく作戦なし?」

「いや、まあ……城内のことはわかってるわけだし……」

「えー?」

 森を抜けたところで、エレンが方向転換する。

「どこ行くのさ」

「茨の地よ」

 茨の地へ? その先には、アメリアの家しかない。

 いったい、どうして……。

「アメリアの使っていた護石を借りるの」

「あ……」

 そうだった。今は、リアムの分がない。

 このままでは、街にすら入れない。

「あの後どうなったのかも、気になるし」

「そうだね……」

 おれたちは、まっすぐ茨の地へと向かった。

 茨は、やはりズタズタだった。

 そうしてしばらく進んで行くと、小屋が見えてきた。

 そこには、もう誰もいないようだった。

「さすがに、撤収してるよね」

「戻って、魔王城へ向かうために準備をしているのかも……冗談だよ」

 唇を尖らせるエレンから目を離して、小屋へとそのまま歩いて行く。

 一応警戒はしていたけれど、杞憂に終わったようだ。

「中にも、誰もいねえな」

「そっか」

 中を見てきてくれたリアムに頷いて、おれは辺りを見渡す。

 アメリアも連れていかれたということか。

「感傷に浸ってないで、ほら探すよ」

「う、うん……」

 吹っ切れたエレンは強い。いつまでも引きずらない。

 おれも、気持ちを切り替えよう。

「物がいっぱいだね」

「リアム、隅々まで見てよ?」

「わーかってるよ。面倒くせえなあ」

 本や薬草だらけの机の上。

 鍋の中身は、よくわからない液体で満たされていた。

 部屋の床には、何か紋章のようなものが描かれていて、以前来た時とテーブルの位置が変わっている。

 ここでアメリアは天族の女を、自分の目の居所を探っていたのだろうか。

「あった!」

 エレンの声につられて顔を上げると、彼女が飛び跳ねてきた。

「ほら!」

「わかった、わかったから乗らないでくれ」

 背後から飛びつかれて、背中に重みを感じる。

 眼前に回された腕――その手の先には、確かに護石があった。


「――誰だ!」


 鋭く飛んできた声。

 それは、狼男のそれで。

 戯れていたおれたちは、すぐさま声のした方へと向かう。

 小屋の入り口で視界に飛び込んできたのは、外へ向かって吠えるリアム。

 そして――

「え?」

「人間?」

 フードマントを目深に被った、一人の人間が扉のそばに立っていた。

 柔らかな体のライン。

 マントから覗く白い腕。

 隠しきれないロングのプラチナブロンド。

 まさか――


「姫、様……?」


 おれの呟きに、全員の目が瞠られる。

 マントの女は頷き、そのフードを取り去った。

「シャーロット姫……」

 エレンが、まさかと口元を覆う。

 おれも信じられない。

「姫様、どうしてここに……」

「お一人なのですか?」

「ええ……まさか、お二人にここで会えるとは思いませんでした」

 とりあえず、外は危険だ。

 姫に小屋の中へと入ってもらい、椅子を勧める。

 彼女はおれたちに礼を告げ、腰掛けた。

「ルーカスを、追ってきたのです」

 姫は教えてくれた。

 こっそりと彼が心配で、抜け出してきたこと。

 ここへ向かうことを聞いていたので、目指してきたことを。

「どうにも、ルーカスの様子がおかしくて……」

「様子が?」

「ええ……お母様と何か話をしてから、急に魔族を倒すためにと、城を出てしまって……」

 おれとエレンは顔を見合わせる。

 王妃と話をしてから?

「あの、シャーロット姫。王妃様のことを教えていただきたいのですが」

「お母様の? ええ、構いませんが」

「ありがとうございます。あの、王妃様の瞳をご覧になられたことは?」

「……お母様は恥ずかしいと言って隠しておられるので、内密にしてくださいね」

 可愛らしくお願いされてしまった。

 くらりとするのを寸でのところで耐える。

 エレンの目が怖くて見られなかった。

「左目はお二人のような、綺麗な碧眼です。右目は輝く金色です。隠す必要などないと何度言っても、お母様は奇異の目で見られることを怖がってらして……」

「そうだったんですね……誰にも他言しないと約束します」

「お願いしますね」

「はい!」

 声がでかいなと呟き肩を震わせるリアムを無視し、おれは王妃のことを更に尋ねる。

「王妃様と話をしてから、ルーカス、様、が、急に城を出たと仰っておられましたが……」

「はい」

「王妃様が、何か関わっていらっしゃるということですか?」

「……そんな気がして、なりません」

「どうして、そう思われるのですか?」

 姫の蒼い瞳に、憂いが差した。

 確信があるわけではなさそうだった。

「お母様は、わたくしが攫われていたこの一年で、何か変わってしまったような気がするのです」

「変わってしまった?」

 プラチナブロンドが、頷き揺れる。

「実は、お母様に話したのです。真実を」

「真実って……」

 顔を上げた姫は、目尻の下がった、困ったような顔をしていた。

 まるで、叱られた子どものようだ。

「お母様なら、きちんと話を聞いてくださると思って……」

「それで、魔王システムのことを?」

「……はい」

 エレンと顔を見合わせる。

 もし王妃が、本当に天族の女だったとしたら?

「……っえ、その、それで、王妃様は何と?」

「お母様はにこりと笑われて、きっと夢を見ていたのねと、それきり取り合ってもいただけなくて……」

「そ、そうですか……」

 それだけでは、何もわからないな。

 目と髪の色が同じというだけでは、白を切られたらどうしようもない。

「それからです。お母様の様子がおかしいのは」

「え?」

「……わたくし、思うのです。お母様はきっと、人間ではないのではないかと」

「それは、どういう……」

 姫は、初めて口にすることだと言った。

 おれたちはもちろん、口外しないと誓った。

「お母様は、記憶の中のそのままの御姿です。この十八年もの間、変わらぬのです。そんなことがあると思いますか? そして、一度だけ見たことがあるのです。ずっと幼い頃に見た夢なのだと思っていましたが……お母様の背から、翼が生えていたのです」

「翼……」

 やはりそうだ。

 間違いない。


 王妃が、天族の女――


「姫、城に戻りましょう。きっと姫の不在はもう知られています。それに、ルーカス様は城に向かわれていると思います。……魔女を、仕留めたので」

「そうでしたか……わかりました。城へと戻ります。皆様はどちらへ?」

「おれたちは――」

 おれの言葉を遮るように、すかさずエレンが前へと出た。

「姫、あたしたちが同行致します。お一人では危険ですから」

「エレン?」

「何よダレン。姫を一人にさせるつもり?」

「いや、そんなことは……」

「じゃあ良いでしょ。ということで、行きましょうか、姫」

「ありがとうございます。心強いですわ。よろしくお願い致します」

 ずいずいと姫を連れて、小屋を出て行くエレン。

 おれは唖然としながらも、そばにあったフードマントを持って後を追う。

 手に持ったそれを、並んだリアムに渡した。

 きっとアメリアのだろうそれと、護石を狼男に持っていてもらう。

 エマ以外の誰もがフードマントをしっかりと被って、街へと向かって歩いた。



 郊外へは、難なく辿り着いた。

 街へと入って、一直線に城を目指す。

 フードマントを被っていることは、珍しくもない。

 おれたちは、怪しまれることもなく城まで辿り着くことができた。

「門番がいない?」

 城の門前まで来たが、そこには誰もいなかった。

 妙に静かで、不気味なくらいだ。

 何だか胸騒ぎがする。

「罠、かな?」

「どうだろう。本当に誰もいないみたいだけど……」

『見てきてもらえば? シルフに』

「あ、そっか」

 クロエの提案通り、現れた風の精霊に頼んで辺りを見てきてもらう。

 少ししてシルフたちが戻ってきた。

「どう?」

『人間の気配も匂いもしないよ。この辺りには、誰もいない』

「どういうことなんだろう……?」

「ちょうどいいじゃねえか。正面から入ろうぜ」

 ずかずかと入っていくリアム。

 戸惑いながらも後を追い、城内へと足を踏み入れた。

「本当に、誰もいない……」

 しんと静まり返った城内に、足音だけが響く。

 いったい、何があったというのだろうか。

 シャーロット姫も異様な雰囲気に顔を曇らせる。

 おれは、こんな時に掛ける言葉を持っていない。

「とりあえず、中に入れて良かった。妙な騒ぎにならないか心配だったんだ」

 エレンの言葉に少し場が和む。

 不安だけを抱えていたらダメだ。

 わからないなら、確かめないと。

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