侵入者、遭遇相対

 

 さて、問題は山積みだ。

 金髪のオッドアイの女性となれば、きっとそう多くはない。どころか、非常に稀だ。

 しかし、城内でそのような人を見たことなどない。

 おれたちが旅立った後のことはわからないけれど……。

 しかし、素性の知れぬ者が易々と城へ立ち入ることなど不可能だ。

 いったい、どうなっているというのだろうか。

 それに、あの夢で見た女……もしかしたら――

「でもさ、見つけてどうするの?」

 パンをちぎりながら、同じ顔が問うた。

 そうだ。それもある。

 女を見つけることは、ゴールではない。

 つい、謎を握るのがその天族の女だということがわかって追っていたけれど、そもそもの始まりは何だったか。

「魔王システムのことを知りたかったんだよね、あたしたち。素直に教えてくれると思う?」

「それは、聞いてみないとわからない……」

「ふうん……ダレンにしては、面白い冗談じゃない。ねえ?」

「……ごめん」

 鋭い目付きに、素直に謝った。

 慣れないことは、するものではない。

「それに、魔王システムのことがわかったとして、それでどうするの?」

「……なんだよ、やけに突っかかるじゃないか」

 珍しく質問が多い姉に、眉根が寄る。

 急に、どうしたというのか。

「……考えてたの。もう、やめにしない?」

「え?」

 アメリアを失って、人間におれたちのことがバレて。

 人間を敵に回して。

 そうして一晩経ったら、エレンが神妙な顔つきで、ちぎったパンを食べもせずに握り締めている。

 彼女らしくもない。

「エレン、熱でもあるの?」

「怒るよ、ダレン」

「だって……」

 悩むのは、おれの役目だ。

 彼女には、呑気にしていてほしいのに。

「ねえ、あたしたち……誰のために頑張ってるの?」

「誰って……」

 誰って……そんなの……。

「国にも見放され、帰ることもできず、人間に追われ、味方を失って。魔王システムのことがわかったとして、それでどうするの? 公表したところで、誰が信じてくれるの? 人間に戻れたとして、もうあたしたちには帰るところはないんだよ?」

「エレン……」

 おれは、ただ見ていることしかできなかった。

 俯く彼女を見ながら、それでも、と思う。

「ねえ、もうやめようよ。ジェームズも、メイソンも、アメリアも……このままじゃ、リアムも、エマも……ダレンも……」

「エレン」

 今度は、その名をしっかりと呼ぶ。

 そろそろと顔を上げた怪訝顔の彼女に、おれはにこりと笑いかけた。

「ダレン?」

「おれは、それでもやめないよ」

「え?」

「エレンがやめたいのなら、やめたらいい。エレンの自由だ」

「……」

「まあそれでもさ、おれは一人でも行くけどね」

「どう、して……」

 好きだった人に刃を向けられたら、落ち込むよな。

 わかるよ。だっておれも、そうだから。

 それでも――

「だって、おれは知りたいから」

 パンを口に放り込んで、立ち上がる。

 剣を手にして。

「悔やみたくないから、進む。おれは、護るために進むんだ。第二のおれたちを生まないように」

 いつか、もしおれたちが魔王として殺されたなら。

 そうしたら、また繰り返されるんだ。

 エレンのような人が、生まれてしまうんだ。

 そんなのは、もう嫌だ。

「誰のためって? そんなの決まってるだろ」

 悩むまでもない。

「エレンのために、おれは戦う」

 そう言って、おれは食堂を出た。

 大丈夫。この言葉に、偽りはない。

「決めたんだな」

「リアム……盗み聞き?」

 廊下の壁に、凭れるようにして立つ狼男。

 揶揄しても、彼は浮かべた笑みを崩さなかった。

「この耳は、お前らよりもずっと遥かに優秀なんでな」

「そう」

「お前……何か掴んでるだろ」

 赤い眼が、鋭く細められる。

 射抜かれて、おれは淡い苦笑を浮かべた。

 どうやら、良いのは耳だけではないらしい。

「それをエレンには言わねえのか?」

「……正直、迷っているんだ。きっと言ったら、絶対に譲らないだろうから」

「隠してるなんて知ったらあいつ、怒るんじゃねえのか?」

「そうだね……きっと怖いよ」

「ダレン」

「何?」

 歩き去ろうとするおれを、リアムが声で引き留める。

 しかし、おれは振り返らない。

「何を考えてる?」

「……何も」

 それだけを言って、おれは歩いて行く。

 きっと彼の顔を見たら、射抜かれて、そして縫い留められてしまいそうだったから。

「……よし」

 防具を身に着けて、おれはそっと一人で城を出た。

 広がる森も、もう見慣れた。

 いつもの道を歩く。

 あの時は、ここを逆に進んだ。

 魔王が悪だと信じて、姫を救うために。

 それで、終わると信じて。

 ……随分と、昔のことのような気がする。

 何のために、誰のために、ここまで来たのだろう。

 生まれてから、気付いたらたったの二人きりで。

 優しい大人はいたけれど、意地悪な人もいた。

 おれたちが独占できる愛情は、どこにもなくて。

 どこかぼんやり感じる寂しさを、手をぎゅっと繋いでやり過ごした。

 生きていくために、戦う術を身に着けて、ひたすらに頑張った。

 襲い来る不安を掻き消すように、散らすように、がむしゃらに駆け抜けて、そうしておれたちは、自分たちを護る術を置き去りにした。

 助けたいと願ったものを拾い上げて、代わりに暗い底に落ちた。

 遠い地で、彼らがおれたちのことを思ってくれるならば。

 それだけで、良かったのに。


 あんな目など、知らなかったのに……。


「おれは……」

 人間って何だ。

 勇者って何だ。

 魔族とか、魔王とか、そんな言葉で呼ぶのか。

「おれは、おれなのに……!」

 ダンッと、大木を力任せに殴る。

 左の小指の筋に広がる痛みでは、紛らわせることなどできはしないけれど……。

「そうだよ。ダレンは、ダレンだ」

 背後からした声に、顔を上げる。

 信じられない面持ちで振り返ると、笑顔の彼女がそこに仁王立ちしていた。

「ダレンがあたしのために戦うなら、あたしを護ってくれるなら、じゃあダレンは誰が護ってくれるの?」

「エレン……」

「いつも一人で背負おうとするんだから。ったく、これは一生治らないね、きっと」

「観念するんだな」

「ダレン様、わたくしめから役目を奪わないでくださいまし」

『だそうよ』

「リアム、エマ、クロエまで……」

 なんだよ、これ……こんなの、まるで……。

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