「なあクロエ、もしかしてあのシルフたちが幼いのは、おれたちには幼いシルフしか呼び出す力がないから?」

『その通りよ』

「なるほどね」

 じゃあ、レベルが上がればもっと強い精霊の力を借りることができるわけだ。

「ということは、やっぱりクロエが一緒にいてくれるのは、きみの気紛れなんだね」

『そうよ。私には逆らわないことね』

「肝に銘じておくよ」

 シルフの後を追うエレンについていくと、螺旋階段から中庭側へと向かう途中の壁の前で立ち止まった。

 ただの廊下だ。何もない。

『ここだよ』

「ここ? ここって言われても……」

 戸惑うエレン。無理もない、何もないのだ。

 しかし、シルフたちにはおれたちを騙している素振りは見られない。

 ということは、ここに何かあるのだろう。

「もしかして、隠し通路?」

「おお!」

 おれの言葉に、エレンの目が輝いた。

 何でそんなに嬉しそうなんだか……。

「どの辺? どの辺?」

「待って……」

 壁に手を当ててみる。

 そんなおれの周りを、ちょろちょろぴょこぴょこと動き回るエレンが、ちょっとうざったかった。

 まったく、そんなに動かなくったって見えるだろう。おれより、ちょっと背が高いんだから。

 これは、決して妬みじゃない。羨んでなんかない。違うんだからな。

 そう自分の心に言い聞かせていると、手に伝わる感触が変わった。

「あれ、この辺の壁ちょっと違――っ!」

「ダレン!」

 軽く押した力で、ぐるんと壁が回転する。

 まさかそんな動きをするとは思いもよらず、おれはつんのめる。

 何とか転ばずに済んだとホッとしていると、背中に衝撃が襲い来た。

 そのままおれは、何かの下敷きになった。

「いてててて……」

「痛いのはこっちだ、早く退いてくれ!」

「あ、ごめんごめん」

 鼻が痛い。思いきり打ち付けてしまった。

「いやあ、慌てて飛び込んだものだから」

 てへ、と呑気に笑っているエレン。

 突然おれが壁の向こうに消えたものだから、同じ要領で飛び込んできたようだ。

 近くには、呆れ顔のクロエがいた。

「で、ここは?」

「さあ……階段がある。下に行けるみたいだな」

 日の光も入らない暗い通路は、空気がひんやりとしていた。

 壁に置かれた蝋燭に火を灯しながら、階段を下りていく。

 もちろんおれが呼び出した、火の精霊サラマンダーの力を借りた。

 その姿は、まさかの芋虫。危うくエレンに撃ち殺されるところだった。

「これは……」

 階段を下りきると、目に入ってきたのは洞窟だった。

 岩がごつごつと、剥き出しになっている。

「洞窟?」

「城の地下に、こんなところが……」

 どうして、こんなところに洞窟があるのだろうか。それも、どうやら天然ものだ。

 奥に行けるようなので、進んでみる。

「どこまで続いてるのかな」

「さあ……」

 恐々、おれの肩に手を置きながらついてくるエレン。

 怖がりな癖に、怖いとは言わないんだよな。

 まあ、銃を握りながらついてこられるよりかは、マシだけれど。

 持ってきた蝋燭の灯りが、辺りをぼんやりと照らす。

 と、足音ではない音が聞こえてきた。

「水の音?」

「どこからか、水が入ってきてるってこと?」

「どうだろう?」

 雫が落ちるようなそれではない。

 まるで、水源があるかのようだ。

「何か、どんどんデカくなってないか?」

 その音は、奥に進むにつれ大きくなっていく。

 それも、川がある程度の音量でもない。

 これは……。

「マジ?」

「うわあ、すご……」

 どうやら、ここが行き止まりのようだ。

 蝋燭の火を掲げる。

 そこには、ごうごうと水を吐き出す滝があった。

「ブッ飛んでる……」

「滝だあ! 凄い凄い!」

「そうだね……」

 まさか城の地下に洞窟があるだけでも驚きだというのに、滝まであるとは。

 いったい、どういう仕組みなんだか……。

「この水、いったいどこから……」

「さあ?」

「ウンディーネに聞いてみてよ」

「あ、そっか」

 エレンが水の精霊、ウンディーネを呼ぶ。

『お呼びですか? 魔王様』

「ねえ、この滝のことを教えて」

『嫌です』

「え?」

 ウンディーネは、美しい女の姿をしていた。

 水のように透き通った麗しい長髪、切れ長の青い瞳。綺麗な青い肌。

 シルフのような幼い子どもの姿、サラマンダーのように芋虫の姿でなかった時点で、嫌な予感はしていた。

『嫌だと言いました。もう帰って良いですか?』

「ええ? 何で?」

「おれたちのレベルが、低いからだよ」

「ええー?」

「呼び出して悪かったね。きみが認めるレベルになったら、是非力を貸してほしい」

『わかりましたわ、魔王様。では』

「あー、消えちゃった」

 ウンディーネは、姿を消した。

 まあ、呼び掛けに応じてくれただけでも良しとするか。

「少なくとも姿を現してくれたってことは、最低限の要求には応じてくれるということだと思うよ」

「最低限の要求?」

「玉座の間で、水を生み出してただろ? あれくらいなら、助けてくれるってことだよ」

「そうなの? クロエ」

『そうね。あの子たちは気が強い子たちばかりだから、本当に手を貸さないつもりなら、今の呼び掛けにも応じなかったと思うわよ』

「……じゃあ、早くレベル上げないと、何かあっても困るってことだね」

「そうだね」

 まあ、こんなところに滝があったところで何の問題にもならないだろうし、水の流れを解明したところで、だから何だという結果で終わることだろう。

 おれは、くるりと辺りを見渡す。

「他には、何もなさそうだな」

「だね。ダンジョンなら、ここに宝箱がありそうなものだけど」

「じゃあ、戻るか」

「そだね」

 おれたちは踵を返し、階段を上って地上へと戻る。

 いい加減、空腹が待ってくれそうもなかった。

「だいたいは、見て回れたね」

「ほなひほうなへあはっはひはっはね」

「……呑み込んでから喋って」

 地上へと戻ってから、おれたちは食堂へ向かった。

 そこには、あの二人が使っていたであろう痕跡が残されていた。

 食器は綺麗に洗われていて、食材も数日分はあるようだった。

 適当に、あるもので料理をしてみる。サラマンダーの火力が弱いので、丁度良い火加減だった。

 コップに水を注いで、パンとスープを並べて。

 ちょっと具材が少ないけれど、おれたちの旅路に比べれば、十分な温かい食事だった。

「ごくん!」

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