元勇者、城内探索

 

「魔法って便利ね」

「ああ、魔法って便利だ」

「まやかしかと思っていたけれど」

「そうではないようだね」

 強制転職で、魔王になって。

 技能は継いでいたけれども、レベルは1から。

 英雄になれるはずだったおれたちは、そんな名誉も失って。

 代わりに手に入れた魔法を試していた。

「水の精霊の力を借りて、水を生成することができるのね」

「なるほど。火の精霊の力を借りて、火を生成するのか」

「風の精霊も扱えるのね」

「大地の精霊とも相性が良いな」

 おれとエレンは、顔を見合わせる。

 なるほど。

「ダレンは、火と土が扱えて」

「エレンは、水と風が扱える」

「本当にあたしたちは」

「二人で一つだな」

 ニッと笑って、浮遊している契約精霊を見る。

「レベルが上がれば、クロエの力もいらないかも」

『そういうことを言っていると、力を貸してあげないわよ』

「冗談だよ」

 肩を竦めてみせると、クロエもフンと鼻で笑って、また自由に飛んでいった。

 きっと、レベルが上がってもクロエの力は貴重だ。

 彼女の治癒の力は、きっとどれだけ強くなろうとも使役できるものではない。そう思うから。

「飲み水には困らないとして」

「お腹は空くね」

「探検しよう」

「そうしよう」

 おれたちは、歩き出す。

 広い広い城の中。

 玉座の間に辿り着くまで一直線に進んできたから、余計な探索はしなかった。

「どこかに雑魚魔族がいたりして」

「いたらどうする?」

「どうしようか」

 悪戯っぽく笑ってみせる。

 おれたちは、気を紛らわしているに過ぎなかった。

 死んだと思われていた、尊敬していた大好きな人と再会して。

 姫を救うという長い旅の目的を達成して。

 魔王を、倒して。


 ――そして、その魔王になって。


 倒すべきものと教えられ、信じて疑わなかった魔王という存在。

 それが、妙なシステムによって作られたものだと知った。

 それも、まだ数時間前の話だ。

 いったい、誰が何のために構築した術式なのだろうか。

 魔王を倒すべくやってきた勇者を、強制転職させてしまえるシステムだなんて。

 こんなに冷静でいることが不思議に思えるくらい、おれの頭はスッとしていた。

「部屋がいっぱい」

 きょろきょろと、自由に動き回るエレン。

 もう少し大人しく、冷静さを持ってもらいたいものだ。

「玉座からも近いし、この辺りの部屋を使おうか」

 ガチャガチャと、開けては扉を閉じずに駆け回る姉に嘆息して、開け放たれた部屋を覗いてみる。

 確かにベッドもあるし、豪華な寝室として、いや居住スペースとして十分な大きさだ。

 玉座の間から離れるほどに、その豪華さには差がついていった。

 きっと、近い方が王の控えの間や、住居スペース。隣は、副官辺りだろう。

 そして、執務室やら食堂といったところか。

「そうだね。せっかくだから、玉座の間に一番近い、この大きな部屋にしよう」

「良いよー」

 見たところ、使われた形跡はない。

 あの二人は、いったい何処を使っていたのだろうか。

 そんなことが気になったが、まあいいかと思考を切り替える。

 とりあえず、寝室と居住スペースが決まったところで、おれたちは更に螺旋階段を下りた。

 どこの空間も素晴らしい装飾品や、絵画が飾られている。

 まるで衛兵時に守っていた、あの城のようだ。

 人間の城に似た、この魔王城。

 それも何故だか、気になった。

「うわー、良い眺め!」

 エレンの声に顔を上げて、初めて気が付いた。

 外に広がる雄大な景色が、そこからは見えた。

「ここに乗り込んだ時は、全然気が付かなかったね」

「そうだね。見る余裕なんて、全然なかったんだ」

 眼下に広がる森の景色。

 その東側には海。

 北には山。

 西には、ひたすら道が続いている。

 その遥か向こうには、おれたちが生まれ暮らした、人間族の築いた国がある。

 ここからは見ることの叶わないその光景が、脳裏に浮かんだ。

「何考えてるの?」

「エレンと同じこと」

「……あの二人、大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。おれたちの大好きなルーカスさんだぞ」

「そだね。強くて優しいルーカスさんだ」

「無事に辿り着くさ」

「人の心配してる場合じゃないね!」

「まったくだ!」

 同じような部屋がいくつかあって、歩いて行くと建物の間に庭があることに気付く。

 中庭のようなものだろうが、もう随分と手入れなんてされていない。

 殺風景なそれに、ここがいくら澄んだ風が吹こうとも、真上には爽やかな青空が広がっていようとも、元いた場所とは違うのだと言われているような気がした。

「種があれば、植えられるね」

「え?」

「花って柄じゃないけどさ。せっかくだもん。だってあたしには水が扱えるし、クロエとか大地の精霊の力を借りたら、楽勝じゃん。ここはもう、あたしたちのお城だよ。いろいろ好きにしちゃおうよ。ここには、ルーカスさんみたいに早く寝なさいって言う人もいないし、いつまで遊んでても、怒られないんだから」

 ね、と満面の笑みを浮かべるエレン。

 本当に、この姉は……。

「頼もしいよエレンは。さすがお姉ちゃんだ」

「でしょうよ。もっと褒めなさい」

 ふふん、と勝ち誇ったように威張るエレンを横目に、もう一度庭を見る。

 不思議だ。殺風景には、もう見えないのだから……。

『まだ下があるみたいよ』

 クロエの言葉に、視線を滑らせる。

 確か、螺旋階段はもう終わっていたけれど……。

「下?」

『ええ。感じる……この下に、空間があるわよ』

「そんなこと言ったって、階段はもう……」

 きょろきょろと辺りを見回してみる。

 他の場所に、階段でもあるのだろうか。

「風よ、力を貸しなさい……シルフ!」

 エレンが声を上げると、どこからともなく風の精霊、シルフが具現した。

『あー、新しい魔王だ』

『お呼びですかあ、魔王様』

「ええ。あなたたち、風の流れを読んであたしに教えてちょうだい」

『良いよー、退屈していたの』

『前の魔王様は、ちっとも呼んでくれなかったからね』

『何を知りたいの? 魔王様』

『教えてあげるよ魔王様』

 緑の髪、黄緑の瞳。

 クスクスと常に笑顔を浮かべている幼い姿。

 風の精霊、シルフ。

「下へ続く道よ」

『道?』

『下へ行きたいの?』

「ええ」

『それならこっちだよー』

 シルフの後について行く。

 それにしてもあの精霊は、どれもが子どもだ。

 それって、もしかして……。

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