双子、思考錯迷
「あ、ダレンだ! ダレーン!」
朝早くから、エレンは元気だ。
中庭からぶんぶんと大きく手を振る彼女に小さく手を振って、おれは一人廊下を歩いていく。
女性は、三人集まれば何とやら。
中庭で水やりでもしているのだろうが、どうやらおれに居場所はないようだ。
元より仲間に入れてもらおうとも、思っていないのだけれど。
「さて、と」
書庫に着いたおれは、目を閉じる。
継承し、意識を失った時に見た映像。
流れてくる知識とともに見えたそれは、誰かの記憶。
他の場所には、まったく見当たらなかった。
だとしたら、ここにあるのかもしれない。
「魔王の日記」
そう呟くと、カタカタと何かが揺れる音がした。
どうやら、当たりだったようだ。
スッと目の前に滑り込むようにして現れたそれを、手に取る。
豪華な装丁。しっかりとした分厚い表紙を捲ると、何も書かれていないページが姿を現した。
もう一枚捲ると、今度は文字が現れた。流麗で、達筆。しかし、力強さも感じる。
この日記が書かれてから、何年もの時が経っていることは、一目見てわかった。
少しインクが掠れてしまっているところがあるが、何とか読めそうだ。
近くの椅子に腰掛けて、おれは文字を目で追い始めた。
――魔王を倒しに来たはずの俺が、魔王になってしまった。なんてことだ。俺は、あの女に騙されたのだ。あの女の誘いでここまで来て、仲間を失ってしまった。これから俺は、たった一人で生きていかねばならぬというのか。家族を殺され、あんなにも憎んでいた魔族を束ねる魔王として――
「女……?」
気になったが、そこにはそれ以上、女のことについては書かれていなかった。
おれはページを捲って、読み進めていく。
――今日は、魔法というものを使用してみた。様々な精霊が俺の言う通りに動き、力を貸してくれる。これは良い。そうしていると、魔族がやって来た。副官だとか言う女。力は強いが、ベタベタととても鬱陶しい。近付かぬように命令すると、その通り従順に従う。言葉を選んで上手く使えば、役に立ちそうだ。
「これは、エマのことだな」
思わず苦笑する。おれは、視線を隣のページへ向けた。
――魔族が、挨拶にと言って城へとやって来た。森の奥にある洋館からやって来た男は、吸血鬼一族の長、ジェームズと名乗った。振る舞いは紳士。だが、人間たちを襲う話を自慢げにするものだから、気分が悪くなった。その行為は止められないものかと問う。すると、それが命令なら従うと言ってきた。俺は彼に、他の食事方法があるのならば、人間に関わるなと告げた。これで、本当に人間を襲わなくなるのだろうか――
「ジェームズ……」
紳士な彼の姿を思い出す。彼は、この時代の魔王の命によって、人間を襲うことを止めたのか。
そうなのだとしたら、エマといい彼といい、魔族というものは、本当は歩み寄れる存在なのではないだろうか。
もちろん、彼らは魔王という、自分よりもより力のある者に従うからこそ、成立する話だとは思う。
だからこそ、それができるのは魔王だ。
この彼のようなことがおれにもできないだろうか。
――森へ行くと、ジェームズがやって来た。もう人間は襲っていないらしい。これは気分が良かった。俺は魔族から人間を守ったのだ。もう勇者ではなくなった俺だが、こうして今のこの立場からでも、この世界を救うことができるのだ――
ページを捲る。男の機嫌の良さが窺えた。
そうして、彼は海や山などへ赴き、魔族の長たちに次々と命令をしていった。
誰もが彼の強い魔力に平伏し、命令通りに動いたそうだ。
そうして彼は、魔族を意のままに操っていった。
「あれ……随分と年月が経っているんだな」
次にページを捲り現れた日付は、数百年ほどが経っていた。
まるで、間のページがごっそり抜けてしまったようにも感じたが、そんな形跡はない。
どうやら一時期の間、日記を書いていなかったようだ。
――久々にこの日記を見つけた。とても懐かしく思う。俺が魔王になってから、いったいどれだけの時が経っているのだろうか。鏡も久々に目にした。まったく姿は変わらず、記憶のままの俺がそこにいた。俺は、本当にもう人間ではなくなったのだと、改めて実感した――
「人間……」
まだ魔王になって数日。ただ魔法が使えるようになったということ以外には、実感はない。
しかし、いつかこの彼のように思う日が来るのだろうか。
――この魔王という存在は、いったい何なのだろうか。どうして魔王を倒すと、その者が魔王になってしまうのだろうか。どうしても魔王という存在は、この世界には必要だというのだろうか。いったい、何のために。いったい、誰のために――
――あの女が現れた。忘れもしない、俺を謀った女。見た目はあの日とまったく変わっていないので、すぐにわかった。どこからどう見ても人間だというのに、その正体は人間とは程遠い存在だ。見つけたら、絶対に許さないと思っていたのに、俺は女から逃げた。もう二度と出会いたくはない。あの忌まわしき という存在には――
――もう何千年もの時が経った。俺は疲れてしまった。少しずつ老いてきたこの体は、さすがにもう限界だ。段々と衰えてきた力。魔族が言うことを聞かなくなってきている。このままでは、人間が滅ぼされる。何とかしなくては。こうなることすらあいつらの、 の思う壺だというのだろうか――
――現代の人間の国へと行ってきた。随分といろいろなものが変わっていた。街の様子も、建物も、使用している物も、着る物も何もかもだ。文化や経済、科学等の発展という進化を遂げていた。しかし、それでもやはり人間という種族は脆弱だ。武器も昔に比べるとより強固な、殺傷能力の優れたものになっていたが、老いた俺を止めることすらも叶わなかった。易々と姫を攫われて、あれが国を護る騎士たちかと思うと情けない。しかし、ここは思う通りに動いてもらわねばならぬ。姫には気の毒だが、しばし耐えてもらおう。この俺を倒してくれる者が現れるまでは――
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