「そうじゃなくて、エマが副官をするようになった経緯があるのかなって思ったんだよ」

「そうでしたか……」

 どうしてそこで残念そうにするのかなあ……。

「わたくしめは、副官を務めるために存在します。そのために生まれました」

「え、どういうこと?」

「そのままに御座います」

 最初から、副官であるために生まれた?

 エマがいて副官になったのではなく、副官が必要だから、エマが生まれた?

「魔族って、種族によると思うんだけど」

「はい」

「エマに、親や家族はいるの?」

「家族、ですか?」

「そう。どこかに部族があって、仲間がいるとか」

 頬に手を当て、小首を傾げるエマ。

「そういった者は、おりませんね」

「いないの?」

「ええ、エレン様。わたくしめには家族や仲間などは、おりません」

 エレンと顔を見合わせる。

 どうやら、謎が一つ増えてしまったようだ。

「一番古い記憶は何?」

 エレンの質問に、目を閉じるエマ。

 そのまま歩けるのだから、やっぱり人間じゃないな。

「そうですね……目を開けると、そこはお城でした。あの玉座の間。当時の魔王様がいらして、ご挨拶をしました」


 ――お初に御目に掛かります、魔王様。エマと申します。魔王様の副官に御座います――


 その言葉は、すっと口から出たそうだ。そして理解する。自分はエマ。魔王の副官だと。

「それで、ずっと魔王の命令を聞いてきたの?」

「左様で御座います」

「そうなんだ……疑問には思わなかったの? 名は誰が付けたのかとか、どうして自分が副官なのかとか」

 そう言うと、エマはくすくすと笑いだした。

「ああ、申し訳御座いません、魔王様。失礼を」

「いや、良いよ。どうして今笑ったんだい?」

 咎めるでもなく問うと、恭しく頭を垂れたエマは、にっこり笑った。

「では、僭越ながら……ダレン様とエレン様は、その御名前を誰が付けたのかを、どうしてその御名前であるのかを疑問に思われたので?」

「!」

「どうして御自分が人間であるのか、どうして御自分が双子であるのかを、疑問に思われたので?」

「それは……」

 おれもエレンも、何も言えなった。

 そんなこと、何故だなんて問うたことなどなかった。

「同じに御座います。わたくしめにとって、エマであることも、魔族であることも、魔王様の副官であることも、何もかもが当たり前なので御座います」

 だから、エマは目が覚めた、生まれたその時からエマなのだと言った。

 魔王に忠実に尽くす副官であるのだと、そう言った。

 それは、エマが何者かによって生み出された存在であるということだった。

「エマ。エマが初めて目を開けた時には、魔王しかいなかったの?」

「はい。他には誰もおりませんでした」

 おれたちは、歩きながら会話をする。

 雑魚を片手間に倒しながら。

「魔王は、エマのことで何か言ってはいなかった?」

「いえ、特には」

「そう……」

 どうやら、新たな謎は、謎として残るようだった。

「申し訳御座いません。どうやら、魔王様方の憂いを増やしてしまったようです」

「いいんだ。教えてくれてありがとう」

「そのような御言葉……もったいのう御座います」

『あんたたち、随分と話し込んでいたけど、もうすぐ森を抜けるわよ』

 見えないところまで飛んでいっていたクロエが、いつの間にかすぐ近くにいた。

 どうやら、会話に夢中になっていたようだ。

「ね、そろそろ休もうよ。お腹空いた」

「そうだね。そうしようか」

「やった!」

 城から出て、ただ東に森を歩いてきた。直線距離で向かって来たため、洋館からは逸れている。

 もうすぐ森から抜けるというところで、おれたちは遅い昼食を摂ることにした。

「わ! お弁当だ」

「エマ、ありがとう」

 手軽に食べることのできるものが、いくつも並んでいる。

 おれたちは、エマがだらしない顔で喜んでいる中でお腹を満たした後、森を抜けて海へと歩いた。

『やっと着いたわね』

「これが海……」

「魔王様方は、海は初めてでしたか」

「うん……」

「でも、何だか……」

 ここは、とても寂しい場所だ。

 どこまでも、広い空と混ざるように広がる海。

 何も遮るもののない景色。

 砂浜に転がるのは、何かの骨。

 吹く風は、肌に纏わりついてくる。

 誰もいない、何もいない場所。

 こんなのは、生きているとは言えない。

 これがクロエの言っていた、死んだ海――

「誰も、いないね」

「そうだね」

 並んで海を眺めていた、その時だった。

 ズシンと地面が揺れる感覚と、大きな音が聞こえたのは。

「何?」

「何だ?」

 音は一度ではなかった。

 数度、断続的に揺れ聞こえている。

 しかも、それはどんどんと大きくなっていた。


 ――何かが、こちらへと近付いている。


「ダレン、あそこ!」

「あれは……!」

 エレンの指に倣って顔を上げる。

 と、そこには音の正体が姿を現していた。

「巨人……?」

「魔王様方は、巨人がいると御存知でここへ来られたのではなかったのですか?」

「え?」

「エマ、知ってたの?」

「はい」

 ああ、そうか。引っ掛かっていたのは、これか。

 誰もいないはずの海に行こうと言った時に、エマはと聞いた。

 エマは巨人を、今しがた現れた彼を殺すのかと聞いていたのか。

「ごんなどごに人なんで、珍しいなあ」

「おれはダレン。魔王だ。きみは、ここに住んでいるのか?」

 遥か頭上にある顔へ向かって話し掛けると、彼は頷きながら名乗った。

「魔王様だっだが。そうだ。おではメイソン。見での通り、巨人だ」

 彼は体は大きいものの、その他の見た目は人間の青年そのものだった。

「一人か?」

「一人だ」

 彼は聞くと、何でも教えてくれた。

 自分が人間と風の精霊シルフとの間の子どもだということ。

 そのつもりがなくても周りをその体と怪力で傷付けてしまうために、今は誰もいなくなったこの海で暮らしているということも。

『シルフと人間が結ばれると、彼みたいに巨人が生まれることもあるわ。シルフが人間と交わることが、まず稀だけれどね』

「そう……」

 彼は、心優しい青年だった。

 誰も襲わず、傷付けず、ひっそりと暮らしているだけ。

「寂しくはないの?」

「そうだな。でももう慣れだ。人間はおでのことを怖がるし、すぐ潰してしまう。だっだらごごにいる方が、楽だ」

「そうか」

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