そう言った彼の緑の瞳が寂しそうに見えたのは、おれの気のせいかもしれなかった。
「ねえ、前に魔王に会ったことはあるかい?」
「いんや。魔王様に会っだのは、ごれが初めでだ」
「そうか……」
どうやら、ここで日記の彼に会ったのは別の魔族だったようだ。
確かに、巨人族に会ったとは書かれていなかった。
残念ながら、ここにいても欲しい情報は得られそうになかった。
「久々に、人ど話がでぎで、嬉しいなあ」
そう言ったメイソンは、本当に嬉しそうで。
おれは、彼とはまた会いたいと思った。
「それなら、また来てもいいかな?」
「まだ来でぐれるのか? おでに会いに?」
「そうだよ」
頷くと、メイソンは嬉しそうに笑った。
「ああ。いづでも来い」
「ありがとう」
静かに暮らしている彼の邪魔をしないように、おれたちは帰ることにした。
今度は、魔王の調査ではなく、友人として来たいものだ。
「気を付げでなー」
手を振り見送ってくれるメイソンに手を振り返して、歩き出す。
「あの巨人は、そのままで良かったのですか?」
「良いんだよ」
「良いの良いの。エマ、余計なことしちゃダメだからね」
「承知致しました」
『無駄足だったわね』
「そんなことないさ」
「そんなことないね」
『あら、そう』
森へ向かって歩く。
その背後で、突如ドンという大きな音がした。
「何?」
それは、彼の足音とはまた違った音。
そして、風に乗って届く匂い。
これは――
「火薬?」
おれがそう気付くより早く、一直線にエレンが駆け出す。
一歩遅れて、おれも後を追うようにして走り出した。
そして目にした光景に、おれたちは言葉を失った。
「メイソン……これは、いったい……」
つい先程まで元気に会話をしていた彼が、倒れている。
上がる煙。
強くなる火薬の匂い。
流れる、巨人の血。
そしてそこには、数十人ほどの人間がいた。
「――!」
人間たちへと今にも飛び掛かっていきそうなエレンを、咄嗟に止める。
彼女は、キッとおれを睨んだ。
「どうして止めるの!」
「今飛び込んで行って、どうするんだ!」
「だけど……!」
「おれだって……行きたいよ。行きたいけど……」
「……っ」
メイソンを傷付けて笑っている男たちを、今すぐ殴ってやりたかった。
しかしおれたちは、勇者として旅立った者として顔を知られている。
おれたちは、魔王へ挑んで死んだことになるんだ。
そうルーカスさんが、証言するんだから。
それに、彼らの中にもし魔力を感知するセンサーを持ち歩いている者がいれば、おれたちが人間でなくなったことだってバレてしまう。
いなくなったはずの魔王が、存在してはならないんだ。
だから、今ここでおれたちが出て行くことは、できない。
なんて、歯痒いのだろうか。
勇者でありながら、魔王でありながら、おれたちは、何もできないのか――
「ダレン様、エレン様、これを」
「エマ……」
「これは……!」
拳をぎゅっときつく握り締めることしかできないおれたちに彼女がそっと差し出したのは、フードマントだった。
これがあれば、出ていける!
「ありがとう、エマ!」
「用意が良い!」
「光栄に存じます」
さっとフードマントを着て、おれとエレンは顔を見合わせて頷いた。
あの人間、絶対に許さない。
「死んだか?」
「わからん。もう一発お見舞いしとくか」
「やめておけ。死にたくなければな」
メイソンと彼らの間に、二人で立ち塞がる。
これ以上、彼を傷付けさせてなどたまるか。
「な、何だ!」
「誰だお前は!」
「あの巨人の仲間か!」
「魔族だ! きっとそうに違いねえ!」
喚く彼らの質問に答えるつもりはない。
おれは、そのまま続ける。
「何故、彼を狙った。何もしていないはずだ」
「何故? 何故だってよ」
男たちは笑いだす。さもおかしいと言わんばかりに。
「何がおかしい」
「やっぱりお前、魔族なんだろ」
「ああ、そうだ。違いねえ」
「いいか? 魔族。人間にとって、お前らは脅威だ。何もしていない? だから何だ。何かしてからじゃ遅いんだよ。やられる前にやる。それだけだ」
――ああ、そうだ。
そうだったじゃないか。
言葉の通じない、本能で襲ってくる雑魚はともかく。
今まで彼らのように、ただ出くわしただけの魔族を倒してきたのは、紛れもなくおれたちだ。
ただ、魔族というそれだけで、斬りつけてきた。
それが正しいと、ただ信じて――
「お? 何だ。動かなくなったな」
「一緒にやっちまうか」
「そうだな。魔族は根絶やしにしなければ」
「ああ、魔族は根絶やしに」
「魔族は根絶やしに」
「魔族は根絶やしに」
「魔族は根絶やしに」
それが、人間の合言葉――
おれは、何者だ?
人間か? 魔族か?
勇者か? 魔王か?
ここでおれは、人間を殺すのか?
それとも、メイソンを見殺しにするのか?
どっちもできない。
おれには、選べない――
「ダレン……」
「エレン……おれは、おれたちは……」
どうすることが正解なんだ?
誰か、教えてくれ――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます