魔王システム……いったい誰が何のために必要なものなのだろうか。

 魔王とは、この世界になくてはならない存在なのだろうか。

 だとしたら、いったい何のために。


 そして、仕組まれた連鎖とは――


「わからないことだらけか。ね、ダレンどうする?」

「そうだな……わからないなら調べる、だろ?」

「そうこなくっちゃ。まずはどこへ?」

「そうだな……日記の通りに動いてみようか」

「日記の?」

「ああ……彼はジェームズに会った後、海や山へと行っている。当時の魔族がまだ生きていれば、何か話を聞けるかも」

「そうだね! それじゃあ早速行こう!」

「ああ。だけど、その前に」

「?」

 首を傾げる姉に、くすりと笑みを零して立ち上がる。

「少し遠出になるから、しっかり準備をしてから」

「……! おやつ! あたし、おやつ用意するから!」

「ははっ、言うと思った」

「何とでも。ダレンも食べるくせに」

「ああ、食べるよ」

「偉そうに」

 二人で笑う。大丈夫、おれたちは変わってない。

 人間だった頃と、何も変わってやしないんだ。

「お出掛けで御座いますか?」

「うん。エマ、今回は一緒に来てもらえるかい?」

 食堂へ戻った女魔族へそう言うと、彼女は両手を胸の前で組みながら喜んだ。

 ウェーブのかかった長い髪が、胸とともに揺れる。

「ああっ、もちろんで御座います! このエマめも連れていってくださるのですね! して、どちらまで行かれるのですか?」

「そうだな。今回は東の海へ」

「東の海ですね。承知致しました。しかし、今や人間も立ち入らぬと聞きます。東の海へは、粛清のために?」

 心なしか期待している瞳から目を逸らして、おれはちらと横目で彼女を見ながら頬を掻いた。

「あー、とりあえず今回は情報収集かな。勝手な行動は許さないからね、エマ」

「はい! 肝に銘じますわ、ダレン様。わたくしめは準備を進めます」

 食堂を出て行くおれたちを、頭を下げて見送ってくれるエマ。

 おれとエレンは、部屋へと向かった。

「エマを連れて行くの?」

「そうだよ。そばにいてくれた方が良いだろう?」

「そうだねえ、美人だからねえ」

「違うよ……いや、違わないけどさ。そうじゃなくて」

「わかってるよ。ダレンも男の子だもんねえ」

「エレン……」

 にやにやする顔が、なんだかムカつく。わかってるくせにそんなことを言って。おれが感情のままに睨んでやると、涼しい顔で笑っていた。

『あんたたち、何やってるの? またどこかへ行くの? まったく、じっとしていない子たちね』

 部屋で準備をしていると、茶髪の契約精霊が現れた。

 おれは、防具を着けながら答える。

「クロエ、出るんだ。来てくれるね」

『良いわよ。それが契約だもの。それで? 今からどこへ行くの?』

「海だよ」

『海? それってもしかしなくとも、東の海のことを言ってるの?』

「そうだけど」

『あんたたち、あんな場所へいったい何をしに行くの? あんな、に』

 その言葉に、おれたちの手が止まる。

 何だって?

「死んだ海?」

『そうよ。知らなかったの? そういえば随分と長い間、人間は立ち入ってなかったわね』

 東の海が死んでいるとは、いったいどういうことか。

「それ、言葉のままなの?」

『ええそうよ。生き物の消えた海は、死んだも同然でしょ? 魔族だって、あそこは嫌うわ。きっと、あんなところに棲んでいる者なんて、いないわよ』

 棲んでいる者は、誰もいない?

 どうしてだろう。わからないけれど、何かが引っ掛かった。

「でも、誰かいるかも」

「あ、ああ……そうだね」

『行きたいというのなら、好きにすると良いわ。私はついて行くだけよ』

「うん……」

「ダレン」

「ああ、わかってるよ、エレン」

 決めたのだ。この目で見て、この耳で聞いたものの情報から真実を見極めると。

 誰かの言葉だけを鵜呑みにはしないと。

「わかってる」

「じゃあ」

「ああ、行こう……東の海へ」

 例え、そこに何者もいないとしても。

「で、エレン」

「何?」

「おやつは良いの?」

「あ! あ、すぐ! すぐだから待ってて!」

「わかった」

 ガチャガチャと急いで防具を身に着けて、エレンはバタバタと部屋を出て行く。

 ベッドの上に銃弾を忘れて。

「まったく……」

 銃だけは手放さないけれど、こういうところは抜けてるんだよなあ。

 おれはくすりと零れた笑みをそのままに、ゆっくりと防具を身に着けた。


◆◆◆


 昼前には森に入って、現れた魔族たちを次から次へと倒して進む。

 もちろん、エマには手出し無用と言いつけた。

 とてもうずうずしたような、悲しそうな、でもおれたちを見つめて喜ぶという、何とも忙しい表情をしていたけれど、放っておくことにした。

「この森ではもう暴れ放題だから、こそこそしなくて良いね」

「暴れているのが魔王だと、バレなければね」

「あ、そっか」

 他の地域の魔族たちに知れたら、どうなるか。

 話を聞きたくとも、スムーズにはいかないかもしれない。

 今のところは、誰も逃がしてはいないから大丈夫だとは思うけれど……。

「ねえエマ、歩きながら聞きたいことがあるんだ」

「はい、何で御座いましょうか」

 おれは森を歩きながら、エマへといくつか質問をしていった。

 先々代の魔王のこと、謎の女のこと、魔王システムのこと……。

 しかし、何を聞いても欲しかった答えは得られなかった。

 先々代の魔王とは、最低限の会話しかしなかったという。今のおれたちと同じく、身の回りの世話をしたが、近付くことはほとんどなかったそうだ。

 いつも一人でいた人。独りで、ずっと何かを考えていたという。

 そして、女のことも魔王システムのことも何も知らないと言った。

「エマは、ずっと副官をしてきたんだよね?」

「左様で御座います」

「どうして、エマが副官を?」

「……そ、それは、わたくしめが未熟な故、魔王様の副官には相応しくないということでしょうか?」

「ち、違う違う!」

 どんよりと、黒雲でも呼べそうな顔で落ち込むエマ。

 おれは慌てて否定した。

「あー、ダレンがエマを泣かしたー」

「うるさいエレン。エマは泣いていないし、それにそんなつまらない揶揄は止めろ」

「ダレン様は、わたくしめを虐めて楽しんでおられるので?」

 おい、そこで嬉しそうにするな。頬を赤らめるな。

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