おれがあの時悩んでいなければ、こんなことにはなっていなかったのだろうか。
エレンを止めずに、すぐに駆け付けていれば、何とかなっていただろうか。
すぐに、彼らの武器を壊していれば良かったのだろうか。
もし……あの時……。
いくつもの浮かぶ、もしも。
それらにおれは頭を振って、どれもを霧散した。
「エレン……起きてる?」
「ダレン? 起きてるけど」
むくりと体を起こした姉に、苦笑する。
ああ、顔も髪もぼさぼさで、ぐちゃぐちゃだ。
「おやつを、食べようか」
そう言ったおれの言葉に一瞬目を見開いて、そして彼女はくしゃりと笑った。
泣きそうな顔で、頷いた。
「何を用意したの?」
「ダレンの好きな焼き菓子」
「エレンが好きな、の間違いだろ」
「ダレンも好きなくせに」
「ああ……そうだね。好きだよ」
「うん。あたしも好き……好きだよ」
もしもなんて、考えるのは止めよう。
もう戻れないのだ。
おれたちはきっと、もうあの頃には戻れないのだから。
二人寄り添うようにソファーに座って、おれたちは月を眺めていた。
ずっと、眺めていた。
◆◆◆
魔王になってから、一ヶ月が経とうとしていた。
おれたちは、すっかりこの城での生活に慣れていた。
そんな頃、エマが街で配っていたらしいニュースを持ち帰ってくれた。
号外に載っていたのは、姫の帰還。
そして、ルーカスさんが英雄として大きく載っていた。
「良かった。二人とも、ちゃんと無事に帰れたんだね」
「そりゃあそうよ。だって、あのルーカスさんだよ」
「そうだね。あのルーカスさんだ。大丈夫に決まってるよね」
姫とルーカスさんは、示し合わせた通りに語ってくれたようで、魔王は倒されたと書かれていた。
そしてそこには、おれたちのことも書かれていた。
「シャーロット様を救うべく、魔王退治に旅立っていた双子である勇者、エレンとダレンの両名は、囚われていたシャーロット様と英雄ルーカスを助け出すも、魔王との戦闘中に死亡。このことを受け、国王様は両名に国の英雄の称号を与えるとともに、石碑を建てることを決めたと発表された。この功績は、後世に語り継がれることだろう――」
まさか、英雄になるとは。
「だって、エレン」
「嬉しい? ダレン」
「どうだろ」
「だよね」
そんな名誉をもらっても、おれたちは死んだことになった身。
もう、帰る家はない。
これで、おれたちも魔王もいないことになった。
おれたちは、この城に棲みつく亡霊になったんだ。
「あ、ダレン、見てほら。二人の結婚が決まったって」
「戻ったばっかりで、気が早いなあ」
「国王が決めたみたいよ」
記事には、二人の結婚が決まったことが書かれていた。
日取りはまだ決まっていない。
二人の心身の回復を待って、準備を進めるとあった。
「良かったね」
「うん、良かった」
二人に幸せになってもらわねば、おれたちは報われない。
だから、堂々と結ばれてもらいたいものだ。
「ねえ、今日は何する?」
もう記事に飽きたのか、エレンがいつもの笑顔を向けてくる。
おれはそうだなあ、と考えた。
メイソンのこともあって、おれたちはまず強くなることを優先することにした。
森へ行ったり二人で手合わせをしたりといったことを繰り返して、だいぶとレベルが上がっていた。
今は、おれがレベル40。エレンが39だ。
まだ衛兵時代よりも低いけれど、最初に比べれば、だいぶと上がったと思う。
そこでおれは、とあることを試してみようと思いついた。
「魔法が、どれだけ使えるようになったか見てみようか」
「魔法が?」
「魔王になった頃に比べて、だいぶレベルも上がったし、威力も上がってきている頃だと思うんだ」
「そっか。いつもは物理攻撃ばっかりで、最近は魔法を使ってなかったもんね」
「ウンディーネも、今度は言うことを聞いてくれるかも」
「かも!」
うきうきとその気になったエレンとともに、中庭に向かう。
ちらと見た花壇は、精霊たちの力を借りたためか、もう花が咲いていた。
白、黄色、ピンクと色とりどりの小さな花。可憐に優しく吹く風に、時折揺れている。
おれたちは、花壇から離れたところに立った。
「まずはあたしから。シルフ!」
呼び出した風の精霊は、以前は確か幼い姿をしていた。しかしそこに現れたのは、少しばかり成長した姿の精霊たちだった。
「魔王様、呼んだ?」
「シルフがおっきくなってる」
おおー! と感嘆の声を上げるエレン。
どうやら、楽しんでいるらしい。
「少し力を貸して」
「良いよ」
まだ幼さが残る精霊の力を使って、風を起こす。
竜巻を生み出すその力は、やはり以前よりも威力を増していた。
おれは近くに来たクロエを呼び止める。
「あれって、まだ段階としては低いの?」
『そうね。まだ上がるわ』
「そっか」
ということは、まだ伸びしろがあるのか。
「よーし、じゃあ次は、ウンディーネ!」
今度は、水の精霊が姿を現す。
姿はもちろん、変わらない。
『呼びましたか?』
「あれ、何か怒ってる?」
水の精霊の様子は、しかし期待していたものではなかった。
『怒ってはいません。でも、その程度のレベルで何の用でしょうか』
「あちゃあ……まだダメだったか」
斜に構えるウンディーネに落ち込むエレン。
仕方がないが、精進しよう。
ウンディーネに礼を告げて、彼女とは別れる。
「今度は、おれだな」
まずは、ノームを呼んだ。
確か老人の姿をしていたけれど、どうだろうか。
『呼びましたかな』
「おお……」
現れた大地の精霊は、様々な様相だった。
見たことのある老人の姿のものもいたし、もっと若い姿のものもいた。
力を使うと、土の壁が遥か頭上までそびえ立った。
強度を確かめるために、剣を振るう。
数撃は耐えられるようだが、やがて壁は崩れ去った。
「これは?」
『これもそうね。私が力を加えてみましょうか?』
「いや、良いよ。『そういうこと』ってことだろ」
しかし、これは使える。
覚えておこう。
「じゃあ、今度はサラマンダー!」
続いて火の精霊を呼び出す。と、気付けばエレンの姿が見えなかった。
「あれ?」
『エレンならあそこ』
「あ」
クロエが顎でエレンのいる場所をしゃくる。
倣い見たそこは、少し離れた壁の向こうだった。
ひょっこりと顔だけ出して、こちらを見ている。
「何、してるの?」
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