「ああ……あの女、やっぱり天族だったんだな」
「それは間違いないね。本人が言っていたのを聞いたからね」
「本人が……」
やはり、謎の女は天族だった。
嘘を吐いていなければ、だけれど。
しかし、人間でも魔族でも精霊でもないのであれば、ほぼ間違いはないのだろう。
「アメリアは、どこでその女と会ったの?」
「どこで、か……主殿は勇者かい? それとも魔王かい?」
「え……?」
まるで話を逸らされたかのような質問。
しかしアメリアの瞳には、おれたちをからかっているような色は見られなかった。
「それは、お得意の選択肢かい?」
「おや……つい二択で質問をするのが癖でね」
「そう……アメリア、おれたちはおれたちだ。勇者だし、魔王だよ」
その答えに、魔女はおかしそうに笑った。
そうして、ふいに真剣な顔つきでおれたちを見据えた。
「案外、甘いんだね。そうやって何もかもを得ようとすると、いつか裏切られてすべて失うよ」
「え……」
言われていることの意味がわからずに、戸惑う。
しかしアメリアは、今度はくすりと笑って、いつも座っているのであろう古びた椅子に腰掛けた。
「あの女は、魔女の村に現れたのさ。当時は人間たちと争っている時でねえ……この目も、その時に人間の攻撃を受けてしまって失った。情けない話さ、後れを取ったんだ」
「人間に……」
「あの頃は、魔女狩りが人間たちの中で流行っていたみたいでね。突然火が付いたかのように、あちこちで魔女が捕らえられ殺された。当時は、まだ人間の街に隠れ住む子が多かったからね。根こそぎやられたよ。その時からかね。魔力を感知する装置が、街に普及したのは」
「そうだったんだ……」
「しかも人間は、魔女ではない人間の女も捕らえ殺していった。主殿も知っているのだろう?」
すべては罰しろ。
疑わしきは火刑。
魔族は根絶やしに。
それが、人間の常識だ――
例えそれが無実の人間であったとしても、無実を証明できない者は黒。
自分が魔族とは無関係の人間であることを示せなければ、即処刑だ。
おれたちが生まれる前にそんな大量虐殺があったことは、人間であれば誰もが知っている。
親から、大人たちから、語られ教えられるのだ。
魔族は悪いもの。
決して、その囁きに耳を貸してはならない。
でなければ、お前の運命は火の中だ――と。
「チッ……これだから人間は……」
胸糞悪いとでも言わんばかりに舌打ちをして、そっぽを向く鋭い赤眼。
横目でそんな彼を捉えながらも、おれはアメリアに視線を戻す。
「そんな時に、天族の女が?」
「ああ、そうさ。あの女はどこからともなく現れて、最初は状況を観察していた。けれど、つまらなそうな顔をして、このアメリアに接触してきたのさ。『我は天族。逆らうことなく其の目を寄越せ』ってね」
「目を?」
「ああ。先程も言ったろう? その女は、両目ともに碧眼だった。主殿と同じくね」
「……あ! 右目!」
エレンが、声を上げる。
まさか。しかし、どうして――
「そう。女の右目は、このアメリアの目だ。人間に傷付けられ壊された、金の瞳。女はそんな目を奪って自らの目を抉り、はめたのさ」
「そんなことが……」
魔女の右目には、今や赤い義眼がはめられている。
美しく光る人工物。
そんな理由があったとは……。
「おそらく女は目を得たことによって、魔力を得たに違いない。回路は精霊と同じ仕組みだろう。だから、君も女から魔力を感じなかったのだと思うよ、狼男」
「そいつは魔力を得て、何をするつもりだってんだよ。村を滅茶苦茶にしやがって……」
「ほう……狼族は、あの女にやられたのかい」
「ああ。俺には何も言わずに、飛び去って行きやがった」
「そうかい……魔女もその時に大方を失ったからねえ……今や魔族は、そのほとんどを失ってしまった状態というわけか」
考え込んでしまった魔女には悪いが、おれは彼女へあえて話し掛けた。
「アメリア、その女、その後は?」
「ああ。すまないね、主殿。そうそう、女は目を奪った後は、笑みを浮かべて飛び去って行ったよ」
「そう……」
「何のためにそこにいたんだろうね?」
「そうだな……ねえ、アメリア。さっきはどうして、その女とはどこで会ったのかと聞いた時、質問をしてきたんだい?」
アメリアは瞳をぱちくりとさせた後、柔らかく細めて口を開いた。
「ああ……主殿が勇者か魔王かと聞いたあれだね?」
「そうだ」
「主殿は、魔女狩りの話を聞いてどう思うのかと思ってね。人間の味方なのか、魔族側なのかを聞いておきたかったのさ」
「そう、なんだ」
「何せ、あの城でも人間を助けただろう? それなのに、今度は狼男を連れている。なんて不思議で興味深いのだろうと思ってね」
笑顔は優しいのに、言葉の裏に刺を感じた。
隣の彼女が、一歩前に出る。
「誰が人間とか魔族とか、あたしたちにとってはどうでもいいもの。殺さなくていい命があるのなら、殺さない。それに狼男だから一緒に居るんじゃない。リアムだから一緒に居るの」
「……それが、主殿の未来に影を落とさないことを願っているよ」
エレンとアメリアが睨み合う。
魔女は座っているというのに、高圧的な視線が見下ろす彼女と対等だった。
『そろそろ話を戻したら? このままじゃ、ここに泊まることになりそうよ』
ふいに遮ったのは、大地の精霊、クロエ。
戻す……そうか。元々は、この日記のことで来たのだった。
「天族の存在を知っている者は、少ない……」
おれが呟くようにそう言うと、白髪が頷いた。
「そうだね。このアメリアと、他にはこの日記を書いた魔王の男。そうしてその女、金髪の当人といったところだろうかね。人間に知っている者はいないと聞くし、そこの彼は例の女がそうだとは知らなかったみたいだからね」
「じゃあ、天族が滅んでいると知られたくない者って――」
「おそらく、その金髪の女だと推測するよ」
「でも、その女も天族なんでしょ? 仲間がいなくなったことを隠していたかったのかな?」
「さあ。天族がどうして滅んだのかがわからないけれど、それは本人に確かめるしかないだろうね」
「そっか……」
エレンが唇を尖らせる。
そんな不満そうな顔をされても……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます