元衛兵、包囲絶望

 

 吹く風になびく髪。

 太陽光を受けて、さらりとした髪がキラキラと光る。

 なんと美しい色か。

 このような艶やかな髪は、見たことがない。

 合間から覗く碧眼が、更に美しさを引き立てている。

 そんな、金の髪。

 整った顔立ちの女が、こちらへと近付いてくる。

 まるで、人間ではない荘厳なオーラ。

 魔族だろうか。それとも精霊だろうか。

 しかし、あまりの美しさに心が、目が奪われて、体がこの場から動くことを、彼女に背を向けることを拒んでいる。

 どこからどう見ても、その見た目は人間。

 にこりと微笑みを向けられれば、なんと単純なことか。つられるようにして、こちらの表情筋も緩んでしまった。

 しかし、この時の出会いは俺の人生を狂わす。いや壊してしまった。

 人間として宛てがわれていた人生の砂時計を粉々に破壊され、新たな、悠久に終わりを見せないゆっくりと、そしてぐるぐると時を刻み続ける魔族としての時計を、無理矢理に掛けられてしまった。

 どうしてあの時、俺は逃げなかったのか。

 唆されたばかりに、仲間も何もかもを失ってしまった。

 後悔ばかりが、波のように押し寄せる。

 いや、どのみち逃げられはしなかったのかもしれない。

 あの女に目を付けられてしまった時点で、終わりだったのだ。

 ――俺は、とんでもない事実を知ってしまった。

 あの女は、今のところ俺を殺すつもりはないらしい。

 しかし、それもいずれ気が変わるだろう。

 俺は、託さねばならぬ。

 右目を金色に光らせる女の正体と、この真実を。

 あの女は、やはり人間ではなかった。

 魔族でもなかった。

 そんな生易しい生き物ではなかった。

 天族とは、なんと恐ろしいのか。

 しかし、そんな天族ももう滅びてしまった。

 あの女が滅ぼしたのだ。

 そして、次々と魔族の戦力も減らしに来ている。

 次は人間だ。

 魔族と人間を争わせて、高みの見物をしているのだ。

 俺は衰えてしまった。

 弱ってしまった。

 だから、もっと強い者に託さねばならぬ。

 どうか、この仕組まれた連鎖を止めることのできる、強き、慧眼を持つ者が現れることを切に願う――

「ダレン、ダレン!」

 映像がフェードアウトする。

 揺さぶられ、意識が呼び起こされた。

 瞼が導かれるように開く。

 そこには、焦りにその瞳を染めた同じ顔があった。

「エレン……?」

「エレン? じゃない!」

 先程までの焦りはどこへやら。

 今度は、その瞳を吊り上げる姉に、おれはわけもわからず体を起こす。

「どうしたの?」

「それはこっちのセリフよ。いったい、どんな夢を見ていたの?」

「夢……?」

 言われて、先程までの光景を浮かべる。

 そうだ。おれは夢を見ていた。

 まるで、感覚を共有していたかのように、ある男の記憶を見せられていた。

「魔王の、記憶を……」

「ええ?」

「でも、どうしてエレンが……もしかして、シンクロ?」

 首を傾げると、エレンは今度は苦笑を浮かべた。

「寝ていたら、急に苦しくなって。絶望と後悔……言葉にできないような強い感情が、雪崩れ込んできた。だから、きっとダレンだと思って。起きて見てみたら、うなされているんだもん」

「そっか……ごめん、ありがとう」

「ううん。でも、魔王の記憶って?」

 おれは、覚えている限りのことを話して聞かせた。

 先々代の魔王の記憶と、彼を通して見た天族の女のこと。

 そして――

「その女が、天族を滅ぼしたあ?」

 素っ頓狂な声を上げて、エレンは信じられないという顔のまま固まってしまった。

「そう魔王は、彼は言っていた。他の内容も、どれも今まで得た情報と相違ない。間違いないと思う」

「そんな……どうして……」

「それはわからない。きっと本人にしか、わからないと思う」

 天族を滅ぼし、狼族や魔女たちに接触した女。

 魔族と人間を争わせて、いったい何をするつもりなんだろうか。

「でも、どうしてダレンがその記憶を?」

「わからない……日記を読んだからかもしれない」

「……そっか」

 おれは言わなかった。

 これが初めてではないことを。

 わざわざ伝える必要はないと思ったからだ。

 言ったところで、だからどうしたとなるだけだ。

「あーあ、まだ夜中だよ。もっかい寝よ」

「そうだね。寝直そうか」

 大きな欠伸をして、エレンはぼすりとベッドに倒れ込む。

 おれも横になり、目を閉じた。

 そういえばあの女……誰かに似ていたな……。

 そんなことを、頭の隅で思いながら――


◆◆◆


 英雄であり、次期国王である元勇者ルーカスさんとシャーロット姫の結婚式から二週間ほどが経ったある日、副官エマへ西の魔女アメリアから連絡が入った。

 それは、おれたちを呼び出すもので。

 不満を口にするエマと狼男リアムを宥めながら、おれたちは茨の地へと向かうことになった。

「ダレン様とエレン様を呼び付けるなど、由々しき事態です。魔女自らがこちらへ来るべきです」

「まあまあ、エマ。頼んだのはおれだ。有力な情報が得られるなら、労力は惜しまないよ」

「ダレン様がそう仰られるのであれば……」

「なんで俺まで……」

「ええ? リアムも知りたいでしょー? 女の居場所」

 賑やかな道中。

 いつものように無言のクロエがふわりと頭上を飛んでいる。

 おれは、魔女のことを思った。

 アメリアは、どうやら小屋から動けないらしいと聞いた。

 ――例の女を見つけた。とんでもないことがわかった。急ぎ来てもらいたい。

 そう連絡があったと、エマがそのままを伝えてくれた。

 アメリアはこうしている今も、ずっと女の動向を探っているらしい。

 いったい、例の女はどこにいるというのだろうか。

「なんかさ、金髪女がラスボスで、あたしたちがそいつを退治しに行く勇者一行って感じだね!」

 呑気に楽しそうな声音で、エレンが笑う。

 確かにそうかもしれないけれど、おれたち、メンバーとしては魔族の一団だよ?

「それ良いな」

「でしょー!」

 リアムがエレンに乗る。

 割とあの二人、相性が良いな。

「情報を得るために魔女の元を訪ねるミッション。なんてね」

「居場所を聞いたら、早速乗り込むってか?」

「えー? 作戦は立てようよ」

「何言ってんだよ。向こうに気付かれない内に乗り込まねえと!」

 楽しそうだなあ。

「あれ?」

 おれたちは、茨の前まで来ていた。

 以前は、あちらこちらに張り巡らされていた茨。

 人が通る隙なんて、まったくなかった。

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