姫に尋ねられ、おれは話した。

 英雄と、対峙したことを。

「何ということを……ルーカスは、いったい誰に助けていただいたのかということを、忘れてしまったというの?」

 頭をゆるゆると左右に振って、信じられないといった表情を浮かべる姫。

「それとも、やはりお母様が彼に何かをしたというの?」


「何かとは何かしら……シャーロット」


 ハッとして顔を上げる姫。

 おれたちの目の前には、一人の女が立っていた。

「お母様……」

「じゃあ、この人が……」

「ああ……そうだ」

 間違いない。夢の中で見た人と同じだ。

 美しく整った顔立ちは、どこか姫に似ている。

 長く艶やかな金の髪から覗く碧眼。

 隠された右目。

 この国の王妃。シャーロット姫の母。

 そして、たった一人の生きている天族。

「お、お母様……いらしたのですね」

「ええ。どこへ行っていたの? シャーロット。姿が見えなくて、心配したのよ」

「ごめんなさい、お母様……それにしても、衛兵の皆さんは、どこへ行ったのかしら? 侍従もいないわ」

「さあ……食事の支度でもしているのかしらね」

 うっそりと笑んだ王妃。

 その顔に、ぞくりとした。

「英雄が戻っているわよ、シャーロット。彼の妃として、きちんと迎えなくてどうするの」

「申し訳ございませんでした、お母様」

「さあ、彼が捜していたわ。玉座の間にいたから行きなさい。彼らも一緒にね」

「え?」

 細められた碧の眼がこちらを射抜く。

 まるで縛られたかのように、動けなかった。

「お母様、彼らは……」

「シャーロットをここまで連れてきてくれた方、というところかしら」

「え、ええ……そうなの」

「ならば行きましょう。皆様、来てくださいますね?」

 その有無を言わさぬ威圧に、誰もが逆らえない。

 声も出なかった。

「来てくださるそうよ。さあ、行きましょう」

 彼女の声に従うように、勝手に足が動き出す。

 いったい、どうなっているんだ?

 なんとか見えた皆の表情は、戸惑いと驚きに染まっていた。

 そうして導かれ辿り着いたのは、言葉の通りに玉座の間。

 おれたちが足を踏み入れるのは、これが初めてだ。

「ルーカス!」

「姫!」

 夫を見つけた姫は、満面の笑みを浮かべて彼へと駆け寄っていく。

 英雄も、妻を力強く抱き締めた。

「姿が見えず、心配をした。良かった、無事で」

「ごめんなさい、ルーカス。わたくしなら大丈夫よ」

 こうして見ている限りでは、彼はいつもの様子だった。

 しかし、こちらに気付いたその顔は、驚きと怪訝に染まった。

「何故、彼らが……」

「彼らが、わたくしをここへ連れてきてくれたのよ。咎めないで」

「何だって?」

「それよりも、どうしてこの城には誰もいないの? 皆はどこへ行ったの?」

 姫が問うと、黒髪の男は事も無げに言い放った。

「皆は、魔女を葬るための生贄になったのさ」

「え――?」

 全員の思考が凍りつく。

 今、この男は何と言った?

「いけ、にえ……?」

「そうだ。王妃様が教えてくれたのさ。人間の血とともに葬れば、二度と蘇ることはないと」

「……ルーカス、貴方、正気なの?」

 姫が一歩後退る。

「何を言っているんだい? 俺は正気だよ」

「違う……違うわ。ルーカスはそんなことを言わない。誰? 誰なの?」

 叫ぶように言い放って、近付いてくる男から逃げるように、こちらへ駆ける姫。

 それが気に障ったのか、男の顔に険が滲んだ。

「魔族……」

 おれは、その言葉に剣を握った。

 その瞬間、ガキンと大きな音がその場に響く。

 男が大剣をこちらへと向けたのだ。

「ルーカス!」

「君は、きっとこの魔族に騙されているんだね。俺が目を覚ましてあげるよ……こいつらを倒して!」

「何を言っているの? 目を覚ますのは貴方よ!」

 姫の訴えも耳に入らないようで、男は容赦なくおれにその握った剣を向けてくる。

 何度も繰り広げられる剣撃。

 それらをすべて受け流す。

 まるで、剣の舞かのようだ。

「ダレン!」

「大丈夫だ、エレン。あいつに任せよう」

 ぐっと押し留まるエレンと、止めるリアム。

 いつものように傍観しているエマと、心配そうなシャーロット姫。

 その後ろで、ただただ眺めているだけの王妃と漂うクロエ。

 彼らに見つめられながら、おれたちは剣を振るう。

「おれのこと、わかってますか?」

「ダレンだろう? 魔王のダレン!」

「今のあなたには、そう見えているんですね!」

 段々と腕が痺れてくる。

 彼の剣は重い。

 このままでは、おれが潰される。

「おれを殺すつもりですか?」

「何を」

「そうですよね。そんなことをすれば、あなたはまた魔王に逆戻りだ」

「何が言いたい?」

「考えることを、やめないでください。姫は、ちゃんと見たものを信じようとしています。それが例え、実の母を疑うことになろうとも!」

「どういうことだ!」

 ガキンと再びぶつかる。

 互いに押し合い、同時に後ろに飛び退く。

「知りたければ、その目でちゃんと向き合え! ノーム!」

 精霊の名を叫び、呼ぶ。

 瞬時に彼を囲む土の壁を作り出す。

 だが、それも刹那に切り裂かれた。

 ごとごとと、土塊が崩れ落ちていく。

 しかし、それでいい。

「サラマンダー!」

 火を吹かせ、避けるその隙を狙って、おれは跳躍する。

 振りかぶった刀身を、彼の大剣が受け止めた。

 しかし、おれの剣は通常のそれではない。

「火、だと?」

「燃えろ!」

 剣に精霊の火を宿して、容赦なく、間断なく、彼へと剣撃を繰り出す。

 彼より軽いそれも、おれのはより素早い。

 そして、サラマンダーの力により、威力は増している。

 おれは、こんなところで負けない!

 姫を泣かすのなら、相手が誰であれ、許しはしない――!

「あああああああああああああ!」

「くっ……!」

 カラン……と遠くで音がする。

 弾き飛んだのは、男の大剣。

 そして、おれの剣も宙を舞う。

「ルーカスううううううう――!」

 思いきり振りかぶったのは、拳。

 それを、彼の頬へと躊躇なくぶつけた。

「うぐあっ……!」

 肩で息をしながら、後方へ倒れる男を見下ろす。

 姫が、息を呑む気配がした。

「ほほほ……余興は終わりかしら?」

「天族……」

「ふふふ……そこまでわかっているのなら、話は早いわね」

 入り口付近に佇んでいた王妃。

 彼女は笑いながら、その背に翼を広げた。

「――!」

「翼……」

「お母様……本当に貴方は、天族なのですか?」

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