会話を交わし、もしかしたら、笑い合って……。

 そんな人たちがある日突然、殺されて。

 村も壊されて、何もかもが滅茶苦茶で。

 たった一人、自分だけが生きていて。

 本当なら、自分が皆を守らなければならない立場だというのに。

 なのにたった一人、生き残っている。

 意味もわからず突然奪われて、納得なんてできるはずもなくて。

 一人で、全員を埋葬して……。

 憤りをぶつけるはずの相手は、遥か空の向こう。

 理不尽にも、ほどがある。

「その女の特徴は?」

「特徴? ……見た目は人間の女。副官くらいの背格好だった。魔王たちのような金の髪をしていた」

「金髪の女……」

「後はそうだな、背中に翼が生えていた」

 翼の生えた、人間のような女……。

 本当に、天に住むという天族なのかもしれない。

 そして、あの日記にあった女でもあるのかもしれないと、おれは思った。

 もしそうなら……いや、それは後で考えよう。

 今は彼に聞きたいことを聞いて、情報を集めるのが先だ。

「リアム、魔王システムのことは何か知ってる?」

「あ? 何だそれ。魔王を倒したら、そいつが新しい魔王になるやつのことか?」

「そう。詳しく知らないかな」

「いや、それ以上は知らねえ」

「そうか……」

 やっぱり、このシステムのことだけは中々情報が集まらないな……。

 仕方ない。

「他には何かあるか? 今だけだからな」

「あー、そうだな……」

「あるならさっさと言え」

「ねえリアム……どうして人間を襲うの?」

 エレンの質問に、項垂れていた彼が顔を上げた。

 その瞳は、昏い光を帯びていた。

「人間に傷はつけてねえよ」

「え?」

「襲ってはいる。それは事実だ。でもな、俺は食い物を奪っているだけだ。危害を加えたことはねえ」

「そうか……」

 それで、村を見ても襲われた様子が見られなかったのか……。

「もう……終わりだな」

「え?」

「お前ら、人間を襲うなって言いに来たんだろ。前にここに来た魔王みたいによ。だったら、従うしかねえじゃん。俺らは、そういうもんだからさ」

「リアム……」

 これからここらの地帯は気温が下がり、食べ物がなくなってしまう。

 そんな山では、蓄えもない状態では生きてはいけない。

 人間を襲うなということは、今の彼にとって死を意味していた。

「リアム、一緒に行こう」

「え?」

「ここでは生きていけないのなら、城で暮らそう」

 エレンの提案に、リアムの目が丸くなる。

 おれも驚いたけれど、それが良いのかもしれないと思えた。

「何でだよ……お前ら、俺を殺しに来たんだろ?」

 信じられないといった顔で、おれたち二人を交互に見るリアム。

 エレンが思わず前のめりになった。

「何でそんなことになってんの?」

「そうだよ。殺しに来たんじゃない。話を聞きたくて来たんだ」

「それだけの、ために?」

「そうだよ。魔王システムのことが知りたくて来たんだ」

 リアムは、まだ信じられないようだ。

 おれたちの目を見ている。

「じゃあ、ジェームズとメイソンは、何故死んだ!」

「それは……」

 おれたちのせいと言ってもいいことだった。

 躊躇ったけれど、おれはありのままを告げることにした。

 ここで嘘を吐いたって、どうせバレる。

 それは、信じてもらいたい者の行動ではないと思ったからだ。

「このイカレ副官!」

 ジェームズのことを聞いた途端、リアムはエマに食って掛かった。

 二人は相性が悪そうだ。

 ずっと睨み合っている。

「ったく……こいつが悪いんじゃねぇか。お前ら、ちゃんとこいつの管理してんだろうな!」

「ああ……その後は、余計なことはしないようにって話しているのと、こうして出掛ける時は同行するよう言ってある」

「そうか……こいつの思考は、同じ魔族だとは思えねえくらいにイカレてやがるからな……お前らも大変だな」

 良かった。リアムは、まともな思考の持ち主のようだ。

 ちょっと感動してしまった。

「で、メイソンは人間どもにやられちまったのか……あいつ、良い奴だったのに……」

「ああ……助けられなかった。悔やまれるよ」

「あいつら、本当にどうしようもねえな。人間ってやつは……おい魔王」

「何だ」

「お前らは、それでも人間どもの味方なのか?」

 力強い瞳に、まっすぐ射抜かれる。

 けれど、おれも負けない。

 逸らすことなく見返した。

「おれは、おれたちは、誰の味方でもない」

「誰の敵でもない」

 エレンと頷き合う。

 そして、驚いているリアムにもう一度向き合う。

「人間とか」

「魔族とか」

「勇者とか」

「魔王とか」

「そういうのは」

「どうでもいい」

「おれは」

「あたしは」

「そんな言葉や壁に」

「もう囚われない」

「だから」

「もう」

「誰かの味方とか」

「誰かの敵とか」


「そういうくだらないことは、どうでもいい」


 しん、と静まり返る。

 その静寂を破ったのは、男の笑い声だった。

「リアム?」

「ははっ……そうか。良いな、それ」

 ひとしきり笑って、そうして見せた彼の顔は、晴れやかな微笑みだった。

「気に入った。俺を連れて行ってくれ」

「もちろんだ。これからよろしく」

 立ち上がり、握手を交わす。

「おれはダレンだ」

「あたしはエレン」

「よろしくな、ダレン、エレン」

 そして睨み合うエマとリアム。

 おれは、エマを窘めた。

「エマ、彼のことは、これからおれたちの友人として接するように」

「ケンカしちゃダメだからね」

「ダレン様とエレン様の御命令……わかりました! エマは狼男とケンカはいたしません」

「ケッ、本当かよ」

「いたしません」

 にこりとリアムに笑みを向けるエマ。

 大丈夫かなあ……。

 そうしておれたちは、同行者を一人増やし、城へと帰還するのだった。


◆◆◆


 城へと無事に帰って来て。リアムは城内を探検したいと言ったので、今は一人で何処かへ行ってしまった。

 クロエとエレンは花壇の様子を見に行き、エマは夕食の用意をしてくれている。

 おれは、書庫に来ていた。

 もう一度、確認をするために。

「魔王の日記」

 スーッと目の前へと、本棚から見えない滑り台を滑って来たかのように現れる一冊を、手に取る。

 近くの椅子に腰掛けて、豪華な装丁の表紙を捲った。

 ペラペラとページを捲って、とある箇所を探す。

「あった」

 文字が掠れて読めなかったところを、件の「女」が天族だと仮定して読んだらどうか。

 それを確かめたくて来たのだ。

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