――あの女が現れた。忘れもしない、俺を謀った女。見た目はあの日とまったく変わっていないのですぐにわかった。どこからどう見ても人間だというのに、その正体は人間とは程遠い存在だ。見つけたら絶対に許さないと思っていたのに、俺は女から逃げた。もう二度と出会いたくはない。あの忌まわしき  という存在には――

 どう見ても人間に見える女。

 しかし人間とは程遠い存在。

 男を謀って、魔王に仕立てたという女。

 忌まわしき存在。

 そこに入るのは「天族」なのだろうか。

 とりあえずは、リアムの証言と矛盾はなさそうだった。

 ――もう何千年もの時が経った。俺は疲れてしまった。少しずつ老いてきたこの体は、さすがにもう限界だ。段々と衰えてきた力。魔族が言うことを聞かなくなってきている。このままでは人間が滅ぼされる。何とかしなくては。こうなることすらあいつらの、  の思う壺だというのだろうか――

 思う壺……ここに「天族」という言葉が入るとしたら、どういうことだろうか。

 人間が滅ぶことが、彼らの意図したことだということだろうか。

 あいつらということは、女だけではないということか。

 しかしこれは、前魔王の主観で書かれた言葉。

 彼の持っていた考えということだろう。

 すべてを鵜呑みにするのは、良くないかもしれない。

 ――新たな魔王よ、早く俺の元へと来い。そして  を束ね、  を護り、  の思惑からすべてを解き放て。俺は気付くのが遅すぎた。もう、俺にはその力はない。どうか、この仕組まれた連鎖を止めることのできる、強き、慧眼を持つ者が現れることを切に願う――

 さて、ここは三ヶ所も読めなくなっている。

 ここに入るのは、何だろうか。

 何かを束ね、何かを護り、何かの思惑からすべてを解き放つ……。

 今までの要領で、一度どこかに「天族」を当てはめてみることにした。

 さて、入るのはどこだろうか。

「束ねるのは無理だろうし……その前の文脈からしたら、やっぱり……」

 思惑の前だろうと当たりをつけて、考える。

 では、束ねるのは何だろうか。

「書いたのは、魔王……だとしたら、やっぱり魔族だよな」

 そうして、残りへ目をやる。

 選択肢としては、人間族か精霊族だ。

 しかしもうここは、こうだろう。

「魔族を束ね、人間を護り、天族の思惑からすべてを解き放て――ってところかな」

 天族の思惑とは何だろうか。

 そして、当時の魔王が気付いたこととは、いったい……。

 仕組まれた連鎖とは。

 魔王に託されたこととは、何なのか。

「あー……全然わからない!」

 日記が読めたところで、天族がいったい何をしようとしているのかは、わからなかった。

 もしかしたら、人間が滅ぼされてしまうのかもしれないということくらいだ。

 やっぱり、リアムや日記の彼が会ったという例の女を、見つけるしかないのだろうか。

 しかし、それもおれの推測にすぎない。

 彼らの会った女が、果たして同一人物かどうかはわからないのだ。

「とりあえずは、警戒を怠るなってところかな」

 ふう、と嘆息して、日記をぱたんと閉じ立ち上がった。

 と、書庫の扉が開く。

 姿を現したのは、探検中のリアムだった。

「お、ダレンか。ここは書庫だな」

「ああ、リアム。どうだい? 城の中は」

「すげえ広い。あちこちいろんな匂いがする」

「匂い?」

「ああ、魔力と血の匂いだらけだ」

「そう……」

 人間にはわからない嗅覚で、察知しているのか。

 それとも、おれが麻痺しているのか……。

 そんなことが浮かんでいると、ズカズカと近付いてきたリアムが、顔を近付けてきた。

「え……」

 ずいっと顔を寄せて嗅いだのは、手元の日記だった。

「な、何かあるの?」

「いや……これ、高度な魔術の仕掛けの匂いがするぞ」

「魔術?」

「ああ」

 普通の日記に見えるけれど、もしかしたら最後のページに続きが?

 おれがページを捲っていくと、しかしリアムがその行為を止めさせた。

「匂いが遠ざかった」

「え?」

「もっとこっち……」

 ページを戻される。

 どんどんと表紙に近付き、そして――

「え?」

「ここだ」

「ここって……」

 示されたページは、表紙の次のページ。

 白紙の、何も書かれていないそのページに、何があるのだろうか。

「血の匂いがする」

「血……?」

 顔を日記に近付けて、匂いを確かめるリアム。

 サラリと滑る銀髪の隙間から覗くのは、鋭く細い、赤い瞳。

 それがとても孤高で、綺麗だと思った。

「どういう術式かまでは、わかんねえな」

「そっか……」

 ここに、何かが隠されている……。

 それは、おれの知りたいことなのかもしれない。

「魔術か……だったら、魔女ならわかるかもしれないよね」

「あー、アメリアか?」

「知ってるの?」

「そりゃあ、南の吸血鬼、東の巨人、西の魔女、北の狼ってのが、今の魔族の中で力のある勢力だからな」

「そうか……」

 もちろん他にも部族はいるけれども、昔からいる吸血鬼族や狼族はもちろん、巨人や魔女といった、力のある者たちを凌ぐほどの強力な魔族は、そうそういない。

 現段階では、その四種族が強かったというわけか。

「魔女の中でも、アメリアは古株だからな。あいつが一番だろ」

「そうなんだ」

「お前こそ、アメリアのこと知ってんだな」

「ああ、前に助けてもらったんだ」

「へえ? あいつが助けたねえ……」

 意味深な笑みに首を傾げる。

 気付いたリアムが、何でもないと言って書庫を出て行った。

 何でもないわけは、ないと思うんだけれどな……。

「とにかく、早速やることができたわけだ」

 日記を手に、おれは立ち上がる。

 今回は本棚に戻さずに、持ち出すことにした。

 次の目的地は魔女、アメリアの元へ。

 人間の国がある、西だ――

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