あの森の東側の奥には、そういった上のクラスの魔族がいる。

 その場所を避けて、今回は西側の雑魚だけを狩りにいく。

 おれたちの経験値のための、糧となってもらうのだ。

「この森の魔族って、どこの部族だっけ?」

 森を歩きながら、ふいにエレンが口を開く。

 ああ、どうだったかな。

「確か、吸血鬼一族だったんじゃないかな」

 森の奥には洋館があって、そこには吸血鬼たちが住んでいる。

「そっか。見つかったら面倒だね」

「ああ、面倒だ」

 そういえば少し前から時折、吸血鬼による被害が出ているって話を聞くようになっていたっけ。

 今は、東の海へ行く人がいなくなったらしいけれど、あまり酷いようなら、何とかしないといけないな……。

「お、出たな」

 嬉しそうなエレンの声に、顔を上げる。

 目の前には、雑魚モンスターが三匹現れていた。

「浮いてるのは、あたしね」

「それじゃあ、二匹と一匹で不公平だ」

「じゃあ、早い者勝ち」

「乗った」

 にやりと二人で笑って、おれたちは魔族へと向かって行った。


◆◆◆


「あたし15レべー!」

「おれは14か」

 ふらふらと出てきた雑魚モンスターを次から次へと蹴散らしていたが、とうとう雑魚すぎてもう途中から素手で倒していた。

 エレンは触りたくないがために、その辺の木の棒とかを投げていた。

 そうして太陽が真南の天辺に昇っているのを見て、おれたちは城へ戻るべく歩き出した。

「ご飯何かなー?」

 うきうきのエレンを横目に、緩む頬をそのままに歩いて行く。

 と、おれの足が止まった。

 エレンもぴたっと示し合わせたかのように、止まっていた。

 耳を澄ませる。

 ――これは、ヤバいかもしれない。

「ダレン、どうする?」

「逃げられない。ここは、相手の庭だ」

「そうだね」

「ああ――来る!」

 バササササッと闇色の蝙蝠たちが、どこからともなく現れる。

 それは、集まって一つの塊になって、そして――

「おやおや、また人間が暴れているのかと思いきや……魔族、ですか?」

 フードを被っているため、まだバレてはいない。

 しかし、それも時間の問題だ。

 こいつから溢れ出る魔力。

 口元から覗く、鋭い牙。長く伸びた爪。紳士然とした振る舞い。

 間違いない、吸血鬼だ――それも、恐らくこの森を縄張りにしている吸血鬼族の長クラス。

 エマほどではないが、強い。

 今のおれたちに敵う相手では、ない――

「どうしました? 話すこともできない下等なのですか? ……おや」

 彼の視線が、おれたちの手元に向いている。

 ここまでか……。

「貴方たち……何者ですか?」

 おれの剣が、吸血鬼の首元に。

 エレンの銃口が、こめかみに添えられている。

 しかし吸血鬼は、顔色一つ変えずに立っていた。

「その武器は、人間が使用する物……しかし魔力を有している……もしや、魔王様ですか?」

「だとしたら?」

「魔族語……しかし臭いますね。人間の臭いだ。しかし、魔王様はずっと城の中にいたのでしょう? 気が向かれたのですか? それとも、気が触れたの間違いでしょうか。魔族狩りをされるだなんて」

「そうだな。その触れた気で、何をするかわからないかもな」

「御冗談を。さあ、その武器を下ろしてください。私が魔王様に手を出すとお思いですか? そんなことをすれば、あのイカれた副官に何をされるか、わかったものではありません」

 おれとエレンは、武器を下ろした。

 彼からは、一切の敵意が消えたからだ。

「悪かった。このような真似をして」

「良いのですよ、魔王様。狩りのせいで血が滾っていたのでしょう……そういうことにしておきますから」

 笑みを絶やさぬ男。おれは警戒心は解かずに、口を開いた。

「おまえは、この森の長か」

「左様で御座います、魔王様。この森に住まう吸血鬼一族を束ねております、ジェームズと申します。まさか、魔王様がいらしてくださるとは……光栄です」

「そうか」

「さ、どうぞ我が洋館へお越しください。せっかくです。もてなしをさせてください」

 エレンと顔を見合わせる。

 ここは、従った方がよさそうだ。

「わかった。招待を受けよう」

「そう仰ると思っていましたよ。では、どうぞこちらへ」

 ジェームズが、腕を横へ薙ぐ。

 広がった彼のマントの内側に広がる赤から、蝙蝠が次々と生まれ出た。

 その黒い彼らに包まれて、おれたちはその場から姿を消した。

『あらあら、大丈夫なのかしらね』

 クロエをその場に残して――


◆◆◆


「ようこそ、我が洋館へ。歓迎しますよ、魔王様」

「招待、感謝するよジェームズ」

 目を開けると、そこはもう洋館の中だった。

 古めかしい、しかし豪華な建物。

 装飾品や絵画に、気品と誇りを感じる。

 プライドの高い貴族の館、というところだろう。

 おれたちは、フードを取る。相手の懐だ。もう隠していても、意味はない。

「おや……やはりそうでしたか。魔王様は、継承されたのですね」

「前魔王を見たことが?」

「いえ、噂です。漆黒の黒髪が麗しい方だと、聞き及んでおりましたもので……それにしても、本当に人間なのですね」

 促されて、ソファーに腰掛ける。

 女がやってきて、香り高い紅茶を置き、また部屋を出て行った。

「魔族は、人間に支配されることをどう思うの?」

 紅茶には一切目もくれずに、エレンが問う。

 ジェームズは、まるで娘でも見るかのような表情で、問いに答えた。

「我々としては、どうも思いませんよ、魔王様。より強い魔力を持つ方に従う。そういう種族です」

「おれたちのレベルが低くても?」

「そうですね……しかし、潜在する魔力は桁違いだ。そこに惹かれるのですよ、我々は。まあ、やはり早く強くなっていただきたいものですね」

「そういうこと……じゃあ、本当におれたちには敵意はないってことなんだね」

「ええ。どれだけ戯れに下等たちを手にかけようともね」

 とりあえず、首は繋がったと思って良いのだろう。

 このような機会は、滅多にない。というか、できれば設けたくはない。

 今のうちに、いろいろと聞いてみることにしよう。

「ジェームズ、未熟な魔王に教えてくれ」

「何なりと、魔王様」

「おまえたち一族は、夜に活動するのではないのか?」

 今日読んだ資料には、そうあった。だから、日の高い時間に来たのだ。

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