「エレン、寝るならベッドに戻ったらどうだい?」

「ハッ! 寝てないよ。考え事してただけだよ!」

「……そう。おれは目が疲れてきたから中庭へ行くけど、どうする?」

「中庭……行く!」

「魔王様方、エマはカップを片付けますわ」

「うん、そうしてくれる?」

「すぐ、向かいますからね」

「……良いよ、来なくても」

「……」

 うるうるとした瞳で見つめられ、おれはそそくさと書庫を出た。

 もう何でもいいから、好きにしてくれ……。

「ねえクロエ、何か花の種はありそうかな?」

『そうね。昔は花が咲いていたみたいよ。その子孫たちに力を与えてみるわ』

 中庭へ着いて、おれが呼んだ大地の精霊、ノームの力を借りて、荒れ果てた庭を整える。

 彼らは帽子を被った老人の姿をしていて、その手には農具を携えていた。

 しきりに文句を呟いていたけれど、手を貸してくれただけマシなのかもしれない。

 本当に我が契約精霊の仲間なのかと、ちらと見比べてしまったのは、彼女には内緒だ。

 そして、クロエの力と姿を現さないウンディーネの力を借りて、花が育つ環境を作った。

『毎日きちんと手入れをしていれば、そのうちに咲くわ』

「本当? やった!」

 喜んでいるエレンを見て、良かったと思う。

 少しは、入りっぱなしの肩の力も抜けただろうか。

「あら、もう終わってしまったようですね」

「エマ!」

「残念で御座います。いろいろな御姿を拝見しとう御座いますのに……」

 至極残念そうに顔を曇らせた魔族に、苦笑する。

 そんな彼女に、ご機嫌なエレンが駆け寄った。

「じゃあ、明日は一緒に水やりしよう、エマ!」

「ああ、魔王様……!」

 満面の笑みを向けられて喜ぶエマ。

 ああ、鼻血出てる……。

「それから、あたしはエレンだよ、エマ。こっちがダレン」

「こっちって言うな……って、どうしたの、エマ」

 二人して顔を見合わせた。

 だって、エマが呆然としていたからだ。

「……それは、御名前を、このわたくしめが口にすることを御許しいだたけるということで御座いますか?」

「だって、どっちも魔王様じゃ、ややこしいんだもん」

「ああ……なんということ……エマにこんな御褒美をいただけるとは……ふふ、ふふふ……」

 また笑いだした彼女は、そっとしておくことにした。

 とても幸せそうだったからだ。

「さてと、じゃあ昼まで鍛錬をしようかな」

「良いね。じゃあ、久々にあたしとやろうよ」

「……良いよ。エレン、防具はいらないの?」

「ダレンこそいらないの? 待っててあげるよ」

 中庭の花壇から離れたスペース。

 興味なさそうなクロエは、どこかへ飛んでいった。

 エマは、少し離れたところで興奮しながら、こちらを見ている。

 おれは大剣を構え、正面で銃を二挺、それぞれ構えるエレンを見据える。

 風が髪を揺らす。彼女の肩まで伸びた金髪が、さらりと靡いていた。

「――!」

 エマが息を呑む。

 それをどこか頭の隅で捉えながら、おれは駆け出した。

 同時に動き出したエレンが、銃弾を放つ。

 おれの心臓を、首元を、頭を狙うそれらをすべて躱した。

 まったく、防具を着けていないというのに、容赦なく急所を狙うとは!

 そっちがその気なら、おれだって……!

「――らあっ!」

 剣をブンッと振る。

 予想通りの方向へ跳躍するエレンへ、左脚の蹴りを繰り出す。

 それは、彼女の右腕を掠めた。と同時に、放たれた銃弾がおれの肩を掠める。

 ただではやられない。これが、おれたちのやり方だ。

「あああああああああああああっ――!」

 エレンが突っ込んでくる。

 銃口は、下を向いていた。

 ギリギリまで動きを見極める。

 さあ、次はどう来る?

「シルフ!」

「!」

 体当たりを避けて、瞬間、足元が風に掬われる。

 そして、銃口が二つこちらを向いた。

「終わりよ!」

「っ………………なんてな。サラマンダー!」

「なっ!」

 放たれた銃弾は、避けられない。が、エレンの気が逸れた。

 軌道の逸れたそれを腕と足に受けながら、足元に絡みつく風を切り裂く。

 そして、そのまま転がるようにしてエレンの首元へ切っ先を突きつけた。

「終わりだ、エレン」

「ず、ズルいわよ……ひいっ!」

「ズルくないよ。な、サラマンダー」

「い、いいから! その芋虫を、早くどっかへやってよ!」

 これ以上やると後が怖いので、おれはサラマンダーを戻す。

 剣も下ろした。

「もう少しで、あたしの勝ちだったのに……」

「残念だったな」

「ムカつく……あ、ダレン、レベル上がったんじゃない?」

「あ、本当だ」

 レベルが1から3になっていた。

「3か……」

「あたしは、2になってる」

 しかし、これでは効率が悪い。

 もっと良い方法はないものか。

「ダレン様、エレン様!」

「あ、エマ」

「ああ、貴重な血液が流れてしまって……もったいな……いえ、御怪我を治療しないと!」

「ああ、うん。大丈夫だよ」

 今、もったいないって言いかけた……。

「クロエ、お願い」

『私のことを頼りすぎよ。もう少し怪我をしないように動きなさいよ』

「ごめん、気を付けるよ。でもエレンの銃は避けるのが難しいから、たぶん無理だよ」

『エレンも容赦なさすぎよ』

「ごめんって。でも手を抜いたら勝てないんだもん。ダレン強いから」

『あんたたちね……』

 クロエに治癒してもらい、すっかり傷は消えた。

 でも、確かにこんなんじゃダメだよな。

「じゃあ、森に行こうかな」

「森? 雑魚でも倒す?」

「ああ。西側の雑魚を、一掃しておこうかなと思って」

「街に向かったらいけないものね。あたしも行く!」

「ではダレン様、エレン様、わたくしめもお供を……」

「エマは、お昼ご飯作って待ってて」

「そ……いえ、承知しました」

 明らかにショックを受けていたが、ここは大人しくしておいてもらおう。

 彼女が出ていって、下手に森の魔族を刺激したくない。

「昼までには戻るから」

「お腹空かせてくるね! 美味しいご飯楽しみにしてるから」

「わかりました! この不肖エマ、御食事を用意してお待ちしております!」

 急にヤル気になったエマを置いて、一旦部屋へと戻って防具を着ける。

 そして、黒いフードマントを被った。

 魔力を帯びたおれたちは、姿を隠せば魔族にとって人間だとは認識されなくなる。

 しかし、それもエマのような上のクラスの魔族には通用しない。

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