新魔王、魔族粛清

 

「ふふ……ああ、なんと愛らしいのでしょう……食べてしまいたいですわ」

 不穏な声に、ガバッと体を起こす。

 隣には同じ顔の、同じ体勢の双子の姉がいた。

「お目覚めですね、魔王様方」

「エマ……」

 にっこりと微笑む彼女から鼻血が出ていることは、スルーすることにした。

「朝食の支度が整いました。召し上がられますか?」

「あー、うん。着替えて向かうよ」

「エマは掃除を頼める?」

「畏まりました、魔王様方」

 一夜明けて、天には日が昇っていた。

 んーと伸びをして、ベッドから下りる。

 こんなにもぐっすりと眠れたのは、いつ振りだろうか。

 エマが部屋に入って来ても気付かなかったとは……随分と気が抜けてしまっているようだ。

「それにしても、魔王様方はいつも一緒ですね」

『この二人はいつだってそうよ』

「何?」

「何のこと?」

 言葉を投げかけられたおれたちは、きょとんとしてしまった。

 どういうことだろうか?

「こんなにも多くの部屋があるというのに、同じ部屋の、それも同じベッドでお休みになられているだなんて……」

 ああ、そんなことか。

「どうして? 普通だろ?」

「そうね。普通よね」

「普通、ですか?」

 首を傾げるエマ。本当にこうしていると、人間のお姉さんという感じだ。

「何かあった時、例えば急襲だけれど。そういう時に備えて、一緒にいた方が効率が良い」

「なるほど」

「それに、おれたちは」

「二人で一つだから」

「ね、エレン」

「ね、ダレン」

 離れるだなんて、一緒じゃないなんて、欠片だって選択肢には上がらない。

「御馳走様です、魔王様方。エマは本日も元気いっぱいでお仕えできますわ」

「え、ああ、そう……」

 エマを部屋から追い出して、おれたちは背を向き合って着替える。

 ……防具は、いいかな。

 服を着て、剣を手に部屋を出た。

「今日は何をする? ダレン」

「そうだね。おれは書庫を見に行きたいよ、エレン」

「そうね、情報は大事だもの。そうしましょう」

「決まりだね。後は」

「?」

 きょとんとするエレンの顔を見て、微笑む。

「花を、植えようか」

「ダレン……! 最高ね、その提案。あたし、とても楽しみ」

「うん、おれも楽しみだ」

 二人で食堂へ向かって、エマの用意してくれたご飯を食べる。きちんと人間の口に合う味付けと食事で、すっかり満足してしまった。

「変態だけれど、従順な下僕ってところね」

「そうだね。変態だけれど、掃除もきっちりこなしてくれているようだし」

 どこかで見ていたのだろうかと思ってしまうタイミングで食器を片付けに現れたエマに礼を告げると、泣いて喜んでいた。

 書庫に行くと告げると、後で飲み物を用意してくれると言っていた。

「広い書庫だ。城よりも大きいんじゃないかな」

「そうね。置いているものはすべて魔族語で書かれているみたい」

 昨日の探索で見つけていた書庫は、螺旋階段を下りた一つ下の階にある。

 ちょうど、玉座の間の真下という位置だ。

 広すぎて、どこから見るべきかと困ってしまうくらいの大きさ。

 背の何倍も高い棚。上段の本なんて、どうやって取るのだろう。

『魔法の術式が施された書庫ね』

「え? 術式?」

 棚を見上げていると、クロエが教えてくれた。

 と、そこにエマも姿を現す。

「そうですわよ、魔王様方。ここは願うだけで、欲しい情報の記載された本が自ら御手元へと集まります」

「へえ……」

「だって、ダレン。まずは何を調べる?」

「そうだな、いろいろ調べたいけれど……」

 じゃあ手始めに――


「魔王システムについて」


 そう本棚に向かって呼び掛けてみる。

 だが、しんと静まりかえってしまった。

「あれ……」

「魔王様、大変申し訳御座いません。その項目の記載された本はないようです」

「そう、なんだ……」

 いきなり出鼻を挫かれてしまったな……。

「じゃあ、種族のことについて」

 そう言った瞬間、バサバサと鳥の翼の羽ばたきが聞こえてきた。

 書庫で鳥の羽ばたき? 違う。これは本だ。

 何十冊という数の本が、おれの元へと目掛けて飛んできたのだ。

「うわあ!」

「ダレン!」

「魔王様!」

『あらら……』

 本に襲われる! と目を閉じたおれだったが、予想していた衝撃がいつまで経っても来ない。

 恐る恐る片目を開けてみると、そこにはきちんと本が並んで、手に取ってもらうのを待っていた。

「びっくりした……」

「この本、まるで生きてるみたい」

 そっと、一番近くにある本へ手を伸ばす。

 手に取り、ページを捲った。

 それは何の変哲もない、普通の本だった。

「種族の分類と歴史、だって」

 この世界には、おれたちのような人間族、魔法の源の力を持つ精霊族、闇の存在である魔族、そして謎に包まれた天族の四種類に分類された種族が存在する。

 時折、精霊族と人間が結ばれることもあるが、他はまずありえない。

 それぞれの種族の中で、繁栄をしてきているのだ。

 一番脆弱で、唯一魔法を扱えない人間族がこの世界の70%を占めており、そしてそんな人間を襲いながら、森や山などで暮らしているのが15%を占める魔族。あらゆる大気中や自然の中に存在し、どの種族に対しても平等なのが10%を占める精霊族。残りの5%が天に住み、地上へは干渉をしない天族だと言われている。

「この本、天族のことについても書かれてるね」

「本当だ」

 人間にとって天族は、空想上の存在ではないかと言われるほどに謎に包まれており、情報はほとんどない。

 そんな天族は、やはり実際に存在するのだろうか。

「天族は、我々魔族にとっても謎の存在です」

「そう……クロエも?」

「私たちにとって、他の種族なんてものは興味がないわ」

「そっか……この本も、著者が天族のことを存在するという仮定のもとで書いているみたいだね」

「なーんだ、そうなんだ」

 つまらなそうに唇を尖らせて、エレンは他の本にも手を伸ばしていた。

「紅茶を淹れました。こちらへ置いておきますので、どうぞ」

「ありがとう、エマ」

「エマ、ありがとう」

「ああ、そんな……ふふ、これしきのことで、そのような微笑み……御馳走ですわ」

 だらしなく顔を緩ませているエマから目を逸らして、おれは他の本に手を伸ばす。

 しかし、どれも同じようなことばかりが書かれていて、期待していたような成果は得られなかった。

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