姉弟、高潔孤高
睨み合いながら、動かない二人。
少し離れたところから、エマと並んでただ目の前の彼らを見守る。
心地好い風が吹き、おれたちの髪を揺らした。
ひらりと、一枚の葉が舞う。
「――!」
まるで、それが合図であったかのように、二人が同時に地を蹴り動き出す。
おれは、思わず息を呑んだ。
「狼男の武器は、牙や爪のようですね。何かを隠し持っている様子もありません。接近戦へ持ち込むつもりでしょう」
「そうだね。間合いを詰めようと近付いてきている」
「エレン様は、銃を用いた遠隔戦……一定の距離を保ちながらも、正確に狙っておられる。そして同時に広範囲を見渡し、状況を確認しておられるなんて……さすがで御座います!」
胸の前で手を組み称賛を口にするエマに頷きながら、エレンの顔を見た。
いつもの笑っているそれとは違う、戦闘モードの彼女。
凛とした冷たささえ感じる出で立ち。
感情の消えた表情。
いつもよりも細められた瞳。
美しく尖った、氷のような姿。
銃兵時代も、彼女にはファンがいた。
けれど、誰もが隣に立とうとはせず、一定距離を保っていた。
それは彼女に対して、可愛らしさも美しさも、そして触れてはならないような、そんな神々しい何かを感じ取っていたからなのかもしれない。
格好良いともっぱらの噂の、彼女の戦闘訓練の様子は、いつも見に来る人で溢れ返っていた。
高嶺の花か、女神か……確かにエレンもどこかフレンドリーでいて、ある程度の距離で線を引いているようなところがあった。
おれはそんな器用なことができないから、本当に彼女と双子かと思ったこともある。
それでもルーカスさんは、いつも本当にそっくりだなって言っていたっけ。
孤高の双子って言われていたらしいことも聞いたことがある。
おれにもファンがいっぱいいるぞって言われたこともあったけど、あれは彼なりの気遣いだったと思う。
だって、見たことないし。
それに、知らなくて良いとも思った。
おれにはエレンがいれば、それで構わないのだから。
エレンは、いつもと変わらぬ桁違いの精度の高さで、狼男を狙い撃っていく。
しかし狼男は、想像よりも素早い動きでその銃弾を避けていた。
それでもエレンは、まったく動揺しない。
どうやらその動きを観察しながら、エレンは彼が避ける先を予測し計算して、軌道上になるよう修正をしているようだ。
本当に、目と耳と頭がいい。
瞬時に勝つための、相手を倒すための動きを選択していく。
その回転の素早さに、いつも相手は追い付くことができないのだ。
「この……!」
狼男の表情には、苛立ちが見て取れた。
腕を振りかぶる動きにも、無駄が多い。
エレンは間合いを詰められても、また銃弾数発で距離を取っている。
彼女の視界の広さと勘の良さが、そうさせているようだ。
「ちょろちょろしやがって……!」
エレンのことを、舐めていたのだろう。
彼の目つきが変わった。
「――!」
素早いと感じていた彼の動きが、更に速くなった。
エレンも驚きを隠せないでいる。
そのことに気付いた狼男の口角が、にやりと上がった。
「おらおら、どうしたあっ!」
「くっ……」
狼男がすべての銃弾を躱して、どんどんと迫ってくる。
これはマズい。
エレンの両手には、銃だけ。
体には防具を身に着けてはいるが、あの鋭い彼の武器にどれだけ耐えられるかわからない。
こうなれば、銃は防御には弱い。
なんとか寸でのところで爪から逃れたものの、エレンは彼のスピードにまるでついていけていない。
このままではエレンが……。
「やってくれるじゃん……」
加勢しようと一歩踏み出しかけたその時、おれはその動きを止めた。
エレンが、笑っていたからだ。
「エレン……」
「あははっ、これ良いね。久々に楽しめそう!」
声を上げて笑うエレン。
間違いなくその顔は、この戦いを心から楽しんでいるそれだった。
しかし、いつもの彼女らしくない。
余裕がないのか、どこか焦りを感じる。
そしてその間も、狼男はエレンを襲い来ている。
それらをなんとか躱す銃使い。
どうやら、少しずつ目が慣れてきてはいるようだった。
しかし、すべての攻撃は躱しきれていない。
ところどころに傷ができているのが、ここからでもわかった。
「エレン……」
本当に、エレンを一人で戦わせて良かったのだろうか。
それだけがずっと、動けなかった事実がずっと、おれの胸の内で引っ掛かっている。
いつもそうだ。
ルーカスさんを倒すと決めた時だって、一人でやろうとしたのに、一緒に背負うとした彼女の行動に気付いて、拒むこともせずにただ甘えた。
おれはいつだって、エレンに助けてもらってきた。
幼い頃から、ずっとそうだ。
エレンは、ずっとおれの姉として前を歩く。
おれの手を引いて。
しっかりと握って離さないくせに、こういう時は一人で挑んでいく。
その背中を後ろで、隣でずっと見てきた。
彼女がいなかったらと思うと、ぞっとする。
おれは、おれではなかっただろう。そう思うのだ。
きっとおれは、衛兵になっていなかっただろうし、勇者にもなっていなかった。
やりたいことをやれずに、羨みながら終わっていただろう。
いつだって、こうやって考えて、思い悩んで、後悔ばかり。
だけどと、顔を上げる。
そんなことをしていると、またエレンに怒られてしまうから。
だからおれは、下を向いている場合じゃない。
だって、それじゃあまるで、エレンのことを信じていないみたいじゃないか。
彼女の強さは、良く知っている。
エレンは強い。
彼に負けるわけがない。
だから――
「エレン、いつもみたいに容赦なく暴れちゃえ!」
「あははっ、任せて!」
エレンは、けらけらといつもの笑みを浮かべた。
かと思いきや、目を閉じて深く息を吐き出す。
そうして、次にその碧眼が見えた時には、いつもの戦闘時の彼女の顔になっていた。
どうやら、落ち着いたようだ。
もう焦りも感じられなかった。
「突っ立ってっと、ヤっちまうぜ!」
跳躍して飛び掛かってきた狼男。
エレンはそちらには目もくれず、何かを投げた。
そして、すかさずその方向に銃弾を三発、撃ち込む。
「ハッ、どこ狙って……」
「シルフ!」
エレンが呼び出し、巻き起こった風。
それは、狼男の足を絡めとった。
「何っ……!」
意表を突かれた狼男。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます