にたりと唇を歪ませる金髪の少女。

 それは、どう見ても姉の姿ではなかった。

「おまえ……! エレンを返せ!」

「あら、ほほほ。ラビッシュ、お前のおかげよ。こうして若い体が手に入ったわ。翼がないのは残念だけれど、抜群のセンスと魔王の力……悪くないわ」

「エレンの体から出て行け!」

「うるさいラビッシュね。ゴミはゴミらしく、転がっていなさいな」

「危ない、ダレン!」

 咄嗟に女から距離を取る。

 おれを狙った銃弾が、腕を掠めた。

「ほう……これが銃というものか」

 手に握ったそれを珍しそうに眺めた後、その銃口を今度は入り口にいる二人に向けた女。

 四発ほどを撃つその正確性は、紛れもなく姉のそれだった。

 ルーカスさんでさえ、一発もろに肩へもらっていた。

「ルーカスさんは、姫を連れて逃げてください! この銃から逃げるのは、至難の業だ」

「だけれど……!」

「おれなら大丈夫です。だから」

「……すまない」

 ルーカスさんは、姫を連れて走り去っていく。

 これでいい。これでいいんだ。

 だって、おれは二人を気にしながら戦うことなんて、できはしない。

 彼女を相手に、本気を出さずに勝つなんてできはしないのだから。

 だから、いてもらっては困る。

 この場とともに、潰してしまいかねない。

「逃げたか……まあいい。いずれ、すべて消えてなくなるのだから」

 だから、この場に誰がいようがいまいが些末なことだと笑って、エレンの体はその銃口を二つ、おれへと向けた。

「クロエ、こういう時はどうしたらいい?」

『戦う――それしかあるまい? まさか、一方的にやられるつもりでもないだろう?』

「うん……やっぱり、そうなんだね。そうだよね。そう、だよね」

『迷うか』

「ううん。大丈夫」

 おれは、大丈夫。

「最後の話は終わったか?」

「さて、何のことかな?」

「小賢しい。廃棄物が」

「やめろ」

「何?」

「エレンの顔で、声で、体で。それ以上そういうことを言うな!」

 言ったと同時、おれは駆け出す。

 彼女の背後に回り込み、容赦なく剣を振るう。

「ほう……面白い」

 くるりとこちらを振り向く女。

 剣先などに怯みもせず、寧ろ自ら近付こうとする。

 その行動に、おれの方が僅かにたじろいでしまった。

 隙が生まれる。

「はははっ!」

 躊躇いのない銃弾が、おれの頬を、肩を、脚を掠めていく。

 エレンの腕が外すはずがない。

 わざと弾道をずらしているんだ……!

「くっ……」

「痛むか? 痛むのか? ふふふ、お前はすぐに殺してなどやらん。じっくりといたぶってやるからな。おっと……」

『遊んでいるところ悪いけれど、私たちのことも忘れないでちょうだいな』

 たんっと後方に飛び退いた、軽やかな体。

 その前方を、炎が通り過ぎた。

「精霊族……」

 忌々しく舌打ちをして、女は魔法を使おうとする。

「……本当、忌々しいねえ」

『お前に力は貸さない』

 どうやら、エレンが使えていた水も風も使えないらしい。

 面白くなさそうに、クロエを睨みつけていた。

「まあいいわ。知らしめてやる。一番優れた者が、誰であるのかを」

『思い上がりもいいところね』

 おれは、話をしている女の死角から、剣を振りかぶる。

 金の毛先が、はらりと舞う。

 だが、おれの剣はそれ以上を阻まれていた。

「そこまでして勝ちたいの?」

「最中に目を離したのは、そっちだろう?」

 剣のぶつかった箇所。エレンの防具に傷がつく。

 銃弾を放たれ、躱すために跳躍し、距離を取った。

 その隙に、四大精霊たちも攻撃を繰り出す。

 しかし、それのどれもが華麗に避けられてしまった。

「ほほほ……お前たちの力はこんなものなの?」

『エレンの戦闘センスに、あの女の汚い戦い方……難しいわね』

 女は、エレンの体になどまったく気を回していない。

 壊れても良いと思っているかのような動きだ。

 そのせいで、余計にこちらが本気になれないでいた。

「おや……指輪が壊れたか。ふむ、安価なガラクタね」

「あれは!」

 女がぽいっと指輪を捨てる。

 攻防の際に傷付いていたのだろうそれは、姉が自分の誕生日にと買ったもの。

 お揃いの、リング。

 迷わぬようにと、彼女が選んでくれたインデックスリング。

 どこかで、何かが切れる音がした。

「クロエ……どれくらいなら壊しても治せる?」

『傷付けるくらいにしてちょうだい。いくらなんでも、壊れたものは治せないわ』

「そっか。わかった」

『目が据わっているわよ』

「大丈夫。何だか今、とても良く見えるんだ」

 靄が、霧が晴れたかのように、視界がクリアになった。

「ごめんね、エレン。今、助けてあげるからね」

 だから、ちょっと待っていて――


「あああああああああああああっ!」

 被弾するのも構わず、突っ込んでいく。

 おれが避けると思っていたらしい女の目が、少し見開かれた。

 しかしすぐに切り替え、攻撃の手を再開する。

 再び向かって来た銃弾はしかし、風によっておれにまで届かない。

 無謀なおれの様子を見兼ねて、クロエが援護してくれたようだ。

 そこへ、火蜥蜴の炎を纏わせた。

 ごうごうと燃え上がり、竜巻と化したそれに炎が混ざって、旋風が女を巻き込む。

 ダメージを受けながらも抜け出した彼女を、しかしおれは休ませるつもりなどない。

 すかさず剣を向け、対峙する。

 そのまま地を揺らした。

 足元を割って、階下までともに落ちる。

 浮遊感なんて気にしている暇もなく着地し、剣を横に薙ぐ。

 避けるために跳躍したそこを狙って、クロエが石礫を風に乗せて飛ばす。

 小さなそれを防具でガードし、ダメージを避ける女。

 死角が増えたその隙を狙って、おれは体当たりをした。

「くっ……」

「覚悟しろ!」

「ふん……この体を傷付けるつもり? 下手をすれば死ぬわよ」

「そうなったら、そうなった時だ」

「何?」

「おれもすぐに逝く。それだけだ」

『ダレン?』

「お前……放せ!」

 おれの下で暴れる、姉の顔をしたもの。

 もうすぐ、解放してあげるから。

 何もかも、解き放ってあげるからね――

「ごめん……エレン。おれのこれは、やっぱり一生治らないみたいだ」

「何をするつもりだ……やめろ、やめろ!」

「エレンの、彼女の中から出て行け!」

「やめ、やめろ! あああああああああああああ――!」

 剣をまっすぐに彼女へと突き立てる。

 黒い煙のようなものが、エレンの体から抜け出て、そうして霧散した。

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