10-ふたたびの再会①
幾ばくか短い仮眠のあと、リーエルさんに呼び起こされた俺たちの前に城の人たちが運んできてくれた料理が出された。
「うわぁー、飯や! やっと食べられる!」
起き抜け一番、ベッドのリネン地の上に直接置かれたトレイの料理を見てアイカは口元によだれを垂らして今にもがっつきそうな勢いだ。
「待ってよ、お姉ちゃん。まだユウくんが揃ってないのに私たちだけが先に食べるのは……」
ヒメカは言葉を濁しながらもトレイの上に乗った質素な黒パンと湯気が立つ野菜の白スープの前にして何度もつばを飲み込むように唇が固く閉じては開いてを繰り返している。
この世界に来てから――なんなら川遊びをしていた元の世界からもう随分と長いこと何も食べていない。俺も含めて、みな空腹は限界だろう。
おそらくユウトだってまだ何も食べていないだろうからヒメカの気持ちも分からないでもない。かくいう自分も硬そうな黒パンに貪り尽くしたい気持ちをなんとか抑えていた。
「えっと、おそらくあなた方の弟くんとはまだしばらく合流出来そうにないと思うので、まずは皆さまから先に食べて頂いた方が良いかと。弟くんの方はルアさんに任せてもらって……」
「えっ……でも……」
「いくらルア姐さんでも、ユウくんの世話はまずいんとちゃうんか? 勝手知ってるウチらやないと」
困り顔のリーエルさんにヒメカとアイカは揃って苦言を呈する。
「ユウくんは遊びの延長じゃないと物を食べられないんです。楽しい感じにして私たちが食べさせるようにしないと……!」
「初対面のルアさんじゃあかえってユウくんに殴られるかもしれへんなぁ……」
「あ、あの……お二人の気持ちは分かりますが、上の層にいらっしゃるので……」
「じゃあ、今から私たちが上に行きますよ!」
「せや、さっさとユウくんと合流して美味しいご飯食べたらええんや!」
「だから、皆さんは大臣の命でここにいないといけないので〜〜〜!」
どうにもならない三人の問答が繰り広げられる中、救護室の壁をノックする音が飛び込んできた
。
「今、あなたたちが上に行く必要はありません」
「あ……ルアさん!」
いつの間にか部屋の入口に立っていたルアさんは、先ほどのボロボロだった格好から新品の白ローブに着替えていて随分と身綺麗になっていた。
いくばくか気力も戻っているようにも見え、さらりと流れたルアさんの前髪にちょっとドキリして思わず視線を逸らすと彼女の背後に見知った姿があった。
「……ユウト!?」
「ユウくんや!」
「ユウくん!」
救護室の出入り口に立つちょこんとユウトの姿に俺たち一同は一斉に声を上げてベッドから飛び出した。
ユウトは俺たちが着ているような服を着て、いつもよりも肌が白く見える以外は至って元気そうな姿だった。
俺たちは安堵の息を漏らしながらユウトに近づいたが、ユウトは俺たちを見つめながらいつものようににんまりとした表情で突如走り出した。
「あっ!」
「えっ?」
「なん……っ」
ルアさんの背後から飛び出して前方の俺たちを無視して通り過ぎたユウトは救護室をとんでもない速さで駆け抜けていく。
そしてベッドの上に飛び乗ると反動でジャンプしながらベッドに残していった俺たちの食事のトレイからパンとスープを掻っ攫っていく。
大きくジャンプして天井の梁に着地したユウトはまるで木の上のサルの如くしゃがみながら奪ったパンとスープをもしゃもしゃと口に運んでいる。常に笑顔の表情と相まってさぞ美味そうに見える。
「ウチらの食べ物を……!」
「ユウくんが……食べてる!? 自分から……!?」
梁の上に腰掛けるユウトにアイカたちは驚いた表情で見上げ彼の真下まで追いかけていく。
一方でリーエルさんは救護室のベッドがぐちゃぐちゃになっているのを見て頭を抱えていた。
「あぁ……ベッドのシーツにこんなに足跡を……救護長に怒られる……!」
項垂れるリーエルさんにルアさんはぽんと肩を叩いて優しく慰める。その顔にはどことなく疲れたような感じを表情に滲ませていた。
「シーツだけで済んで良かった。他の部屋では窓ガラスや扉に被害が出ましたから」
「ユウトがそんなことしてたのですか?」
「ええまぁ、勢いよくいろんな部屋の窓や扉を開けたり、お風呂に入っている人に突撃したり……ここに来るまでにも色々と大変でした」
「すみません……異世界に来たせいかちょっと興奮しているのかも……」
幼稚園の時ぐらいなら今みたいな行動(もっとも、天井近くまで跳ね跳ぶなんて無理だろうが)をしていたかもしれないが、今は至っておとなしい方だった。これを異世界に召喚された影響なのか、それとも単純にユウトがそうしたいと思っただけなのかは分からないが。
「上で騒ぎにやや手間取ってしまって合流が遅れてしまいました。皆さんは体の方は大丈夫ですか」
「はい、手当てもしてもらったし、十分な休息も取れたと思います」
「そうですか……本来ならもっと治療に時間を要するかと思いましたが、あなたちはやはり普通の人間とは身体のつくりが異なるようですね」
言われてみれば確かに、いくらこの世界に魔術だのあるにしても火傷のようなユウトからの聖素による肌の炎症にしても、アイカが受けた矢傷にしても、まだ半日も経っていないのにほとんど治りかけてるのは不思議だ。体力に関してもほんの少し眠っただけで大分回復したように感じる。
「ユウくーん! 降りてきて、顔をよく見せてよー!」
「おーい! ウチらにもご飯食べさせてやー!」
ユウトに会えて天井を見上げて声をかける妹二人も活力が戻ったように見え、俺はほっとしながらルアさんに向き直る。
「それで、ユウトの聖素とやらはどうなりましたか? 今のところ周りに何か影響を及ぼしているようには見えませんが」
事前に聞いていた聖素の性質では、まわりの生物とやらを消滅させるらしい。正確には有機物なのだろうが、影響が強いと無機物にも及ぶようだ。
だが、ユウトは天井の梁に腰掛けて三人分の食事に手をかけている以外に特に替わりはなかった。
「それに関しては……まぁ、おそらく大丈夫だとは思いますが……しかし……」
「……もしかしてユウトの治療のときになにかあったのですか?」
「それは……いえ、あるにはあったのですが……」
どことなく歯切れの悪い様子のルアさんだったがやがて何かを観念するかのように俺の側に歩み寄ってしゃがみ込む。
ユウトの近くにいるアイカとヒメカには聞こえないようにして俺の耳元に喋りかけた。
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