30-開戦①

「グアアアアーーーーーー!!!」


 ユウトの振りかざした一撃はディ・ハーガの頭を穿ち、聖なる魔力が頭部全体を焼き尽くし消滅へと至らした。


 頭を失い、羽ばたく力をなくした魔竜の身体は真っ逆さまに地上へと落ちていく。ナイフを突き刺したユウトもしがみついていたディ・ハーガの頭部を失って共に地上へと落下していた。


「! 危ない……!」


 その落下地点にアネッタは先回りし落ちてくるユウトの身体をなんとか抱きとめた。


「君、大丈夫ですか!?」


 心配そうに顔を覗かせるアネッタにユウトはなにも語らず「にぃ」といつも通りの笑顔を見せる。


「とりあえず、なんともなさそう……いえ、その身体でなんともないのは流石に……」


 ユウトを地面に降ろし、その全身を眺めるアネッタはそんなふうに所感を言い改めた。


 ユウトはあいも変わらず口を歪ませ貼り付いたような笑みをみせているが、身体の状況からはとても尋常な様子ではない


 背中の外套マントから突き破って出てきた白い枝木。腕や顔などの素肌は硬くて乾燥したような組織に変質しているいるのが見て取れた。


 そしていまこの瞬間にもユウトの身体からはまた新たな枝木が映え始めていた。


「君のその身体は一体……」


 何か問い詰めようとアネッタが口を開きかけたその時、ユウトは突如反転して走り出した。


「あっ、ちょっ……」


 困惑しているアネッタを他所に、ユウトは地面に横たわっているディ・ハーガの死骸に近付き、その腹のあたりをナイフを突き立てる。


 アネッタも苦しめた鱗に擬態した毒液の鎧もなんとも器用にナイフの腹でそぎ取り、その下の真の鱗も切り分け方を熟知しているかのように簡単に切り裂く。


 子供ながら見事な手際に、後ろから見ていたアネッタは感心と不審感が同時に沸き起こる。


「次から次へと一体君は……。誰も知らないはずの魔物の解体方法をどうして君みたいな子供が……」


 ただの魔物ならいざ知らず、それは千年前に封印された魔族領域に生息するという魔物。それも伝説にきくドラゴン種と思わしきものだった。


 ユウトが異世界から来た子供だということ以外何もわからないアネッタはこれ以上彼を好き勝手にして良いべきか一瞬迷う。


 しかし、彼女はすぐに意識を次の段階へと切り替える。


「……今はとりあえず、子供たちの保護と事態の報告を王宮へして、すぐに姫様の救援に出ねば……」


 振り返る彼女の視線の先には崩れた教会の瓦礫の傍らで身を寄せるように集まっている子供たち。

 本当なら楽しい夕餉ゆうげを迎えていたはずの彼らは魔族による一連の襲撃ですっかり消沈してしまっている。中にはずっと泣き止まなずにぐずついてしまっている子もいた。


「やだよう、ネイラお姉ちゃん……」

「なんで、どうしてこんなことに……」


 彼らが集まる教会のちょうど祭壇あたりの床には彼らの頼れる姉貴分であり、この施設の代表を務めていた少女の身体が転がっていた。


 先のディ・ハーガの閃光ブレスが教会近くに着弾した際は運良く瓦礫の陰に隠れて遺体の損壊は免れたようで、その身体は比較的綺麗な状態を保っていた。


 しかし、もう彼女が再び目を覚ますことはない。


「皆さん、悲しんでいるところ申し訳ございませんが……」


 アネッタは子供たちの心中を察しながらも、安全のため早くここから離れるべきと語りかけようとした。


 その時、彼女たちの背後に何者かの声が飛び込んできた。


「――これはどういうことだ、隊長が呼び出したディ・ハーガが……!?」


 聞き覚えのない声と得体のしれぬ気配を察知し、アネッタは瞬時に臨戦態勢をとって振り返る。


「誰……!?」


 燃え盛る麦畑の上より蝙蝠のような羽をはためかせるローブで全身を覆ったふたつの人影がアネッタたちの方に近付いてくる。


 そして地上に降り立ったその者らは頭から被っていたフードをめくって素顔をさらすと、フードの下より現れたのは青味がかった不気味な肌と頭から角を生やした――魔族であった。


「これをやったのは貴様らか、人間!」

「我らの切り札をやるとは……なんということか!」


 魔族たちは頭部を失い腹のあたりを大きく切り裂かれたディ・ハーガの遺骸を見やり憤怒の意思をアネッタに向ける。


「お前は人間の女か……。今の時代の人間は一人でも魔竜すらも凌ぐというのか」

「――いや、それをやったのは……」


 最大の警戒をもって睨みつける魔族の男に、アネッタはやや複雑そうな顔をしていると、ディ・ハーガの大きく切り裂かれた腹の中から一つの笑い声が聞こえてくる。


「フフ……ハハハハハ!!!」

「ッ!? な、なんだ!?」


 魔族が驚いて振り向くと、ディ・ハーガの赤黒い内臓が血飛沫とともに腹の傷から体外へと勢いよく飛び散り、べチャリとはらわたを蹴散らしながらディ・ハーガの体内から真っ赤な血に塗れたユウトが現れた。


「な……んな……!?」

「こ……子供だと!?」

「――いつの間にか姿が見えないと思っていたら……」


 アネッタが目を離した一瞬のうちにずいぶんと解体を進めていたユウト。片腕で抱えるほどの大きな肉の塊を携えながら、彼は魔族の方を見やって嬉しそうに笑顔を向ける。


 その朗らかな表情とは裏腹に全身から樹を生やし、ディ・ハーガの肉片が引っかかった枝先から赤黒い血が滴り落ちる様に、魔族はもちろん、その場にいたアネッタや教会の子供たちもおぞましいものを見たような表情になる。


「な、何だこのガキは……!?」

「体内に聖素の気配が……それにその身体から生えているのは……」


 ユウトに最大限の警戒を向けながら魔族の二人は腰に据えた長剣を抜き出して構える。


 一方のユウトは肉塊を抱えたまま突っ立ってるだけだった。


「き、君! 来るぞ!」


 動く気配のないユウトにアネッタは大声で呼びかけるがユウトの反応はない。


 なんとかユウトの援護に向かおうとしたアネッタだが不意に足の力が抜けてその場に膝をついてしまう。


(まだ、あの魔物からのダメージが……!)


 ユウトに毒の浄化をしてもらったとはいえアネッタの体力は消耗しきったままであった。


「まずは貴様からだ!」


 魔族の一人がユウトに向かって走り出そうとした――その時だった。


「止まれ!」


 その声と共に彼らの頭上から何者かの影がユウトと魔族たちの間に降り立った。


「今度はなんだ!?」


 思わずその場に立ち止まる魔族たちはその声の正体をみやる。


「我が名はヘイル・オルスタイン、アルトリアノ王国飛空騎士団団長にして誇り高き竜騎士の一人である!」


 銀の鎧に身を包み、槍を片手にしたその人物は二人の魔族の方に向きながら険しい双眸を露わにした。

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