31-開戦②

「ヘイル団長!」


 上空から現れた人物にアネッタは僅かな驚きと確かな期待感を持った眼差しを向ける。

 

「飛空騎士団……?」

「人間どもの指揮官か……!?」


 戸惑いながらも最大限の警戒をもってヘイルの出方を伺っている魔族に対し、ヘイルは背後の巨大な魔物の亡骸と周囲の真っ赤に燃え上がる麦畑を見回してその柳眉をひそめる。


「貴殿らは一体何者だ。そしてこの騒ぎは一体何事だ」


 ヘイルの態度はいたって冷静ではあるものの、見慣れぬ風貌の二人を眺める視線は非常に厳しいものがあった。


「――我らは、ルスタシアの民」

「ルスタシア?」

「貴様たち人間に追いやられた一族の末裔……貴様たちは『魔族』などという俗な呼び方をするがな」

「魔族……なるほどな」


 全てに納得がいったような面持ちでヘイルは地面に立てていた槍をひと回しし片手で構えながら言葉を続ける。


「お前たちの目的はなんだ? 人様の畑を焼き払うだけのいたずらというなら懲罰房送りで勘弁してやるが」

「ふん、ぬかしおって……!」


 念のために聞いておいたヘイルの聴取だったが、魔族の男は鼻で笑いながら長剣の切っ先をヘイルに向ける。


魔剣よ疾く突き殺せファグ・ソルディングレイ


 魔族の言葉によって綴られた短い詠唱のあとに収束した魔力が必殺の魔術となって長剣の先から飛び出す。


 魔力を練り上げる予兆も予備動作もほぼないに等しいその魔術の刃は、瞬時にヘイルの眼前へと到達し防御する暇など与えない――そのはずだった。


「――――ッ!!」


 ヘイルの双眸が見開かれ、顔を僅かに逸らして紙一重に魔術を避ける。


 そしてそのまま体勢を低くし、前傾になりながら地面を大きく踏み出した。


「はぁああああーっ!」


 素早く駆け出したヘイルは先頭にいた魔族に向かって槍をすくい上げるように切っ先を斬りつける。


「くっ!」


 初撃の魔術を外して隙を晒してとっさに長剣で防御する魔族の男だが、ヘイルの槍の動きはさらに立て続けに加速する。


「せぇえい!!」


 右から左から正面から、薙ぐ削ぐ突くと何乗にも渡って銀槍の乱舞が重なり、ひたすら突き進む荒々しさ、されど洗練されて華麗さが際立つような槍さばきをヘイルは絶え間なく繰り出す。


「こ、この人間ごときが……!」


 魔族の男の剣捌きが悪いわけではなかったが、ヘイルの気迫がそれを遥かに凌駕して洗練された槍術となって迫り、それを懸命に防ぐしかなかった。


「……くっ、突き刺せ闇のダグ・スティ――」

「――無駄だ」


 もう一人の魔族が後方で魔術の援護を行おうとしたその直後、羽ばたく音とともに灼熱の炎が彼の頭上より降り注いだ。


「う、うわあああーー!!」


 魔族の男に炎が瞬く間にまとわりつき、たまらず地面に転がって激しくもがく。


「んなっ……ワイバーンだと!?」


 彼らのすぐ上方に大きな翼をはためかせた真っ赤な鱗が生え揃った飛竜が見下ろしていた。その口元からは息づかいとともに小さな火の粉が吹き出し、鋭い視線を放つ深緑の瞳が主人のヘイルに仇なす者どもを真っ直ぐに捉えている。


「言っただろう、我はだと」


 そう言ってヘイルは仲間をやられて狼狽える男の隙を逃さず槍の柄尻を振り抜く。


「うぐ……っ!」


 鋭く的確に柄尻が脇腹へと命中し、魔族の男が低く唸って体勢がよろけたところをすかさずヘイルは槍先を流れるような所作で相手の股下に潜り込ませ膝裏を払うように引っかけ、魔族の男は背中から地面に倒された。


「カハッ……!」

「そのまま動くな」


 ヘイルは地面に伏す魔族の男の胸上を踏みつけながら槍の刃先を彼の喉元に突きつける。もう一人の魔族の男も身体に燃え移った火が消えたところを飛竜の大きな脚に捕らえられて地面に押さえつけられていた。


「すげぇ……」

「さすがヘイル騎士団長だ!」


 国の英雄的存在である王宮の騎士の華麗な活躍を施設の子供たちは遠巻きから観戦し、特に男の子らは興奮した様子で歓声をあげる。


「おのれ、人間め……!」

「お前たちの好きに出来ると思うな……!」


 組み伏せられた魔族の男たちは恨み節のように呟きながら何かの呪文を詠唱しはじめる。


「……っ、離れろ、カイト!」


 ヘイルがそう言い放つのと同時に赤い飛竜は即座に羽ばたいて魔族の男より離れる。


「っ……!」


 異変を察知したアネッタは急いで子供たちの前に割りこんで両手を広げ、ヘイルも魔族の元から素早く飛び退いた。


「「我、巨星とならんマ・ローヴァ!!」」


 最後の一文を詠唱し終えたその時、魔族たちの体内で巨大な魔力が一気に膨張し、その全身が赤い輝きに染まった。


「皆さん、伏せて下さい!」


 背後の子供たちにアネッタが叫んだのと同時に魔族たちの身体から巨大な爆発が巻き起こる。


「わああっ!?」

「きゃあーーー!!」


 凄まじい粉塵と爆熱が周囲一帯に広がり、子供たちのいる教会跡がたちまちそれに飲み込まれる。


 辺りで炎を上げて燃え盛る麦畑もその爆風に晒されて飛び交う火の粉ごとなぎ倒されていく。


「―――――――――っ!」


 激しい轟音のさなか流石に死を覚悟して目を瞑っていたアネッタだったが、思いの外衝撃が軽いことに気が付いて目を見開くといつの間にかアネッタたちの目の前に大きな影がかばうように立っていた。


「――ヘイル団長どの……!」

「耐えよ、カイト!」

「……グルルッ!」


 ヘイルの相棒である赤い鱗の飛竜は半身になりながら大きな翼を盾にして爆風からアネッタたちを守るように広げ、その背後でヘイルが飛竜の後ろ足あたりを支えるように手を添えていた。


 一瞬で爆風は過ぎ去り、砂塵が視界を塞ぐように舞い上がる。


「……お主たち無事か?」

「は、はい、おかげさまで皆さんに怪我はありません」


 アネッタのその返事を聞いてヘイルは頷きつつ、飛竜の側から離れ魔族たちがいた爆心地の方を見やる。


 大きく抉られた地面には焼け焦げた衣類の残骸の他には何もなく、魔族たちの姿は残されていなかった。


「自爆とはな……」


 情報漏洩防止のための処置か、はたまた戦士として最期に見せた矜持か。


 魔族たちの思惑を知らぬヘイルは嫌味も感嘆もない眼差しをただ向け、しばらくしてアネッタの方へ振り向く。


「ヘイル団長、何故ここに?」

「――飛ばされた我が槍を探すついでに都市周辺を警邏していただけだ。そういうお主はたしかセルティネーア姫の付き人だったな」

「はい、実は……」


 アネッタが自分がここにたどり着いてからの出来事をつぶさに話し始める。


 セルティの様子を伺いに教会を訪れた先で魔族が人間を襲っていたこと、その魔族にセルティを攫われ巨大な魔獣を召喚されたこと、そしてそれを異世界人が倒したことも。


「――待て、異世界人だと?」


 話の途中で途端にヘイルの眉間に皺が寄せ、表情が険しくなる。


「ええ、昼間に姫様の入浴中に乱入してきたあの少年が……」


 アネッタはそう言いながらあたりを見回してその姿を探しているとふと頭上から陽気な声がした。


「ウィヒヒヒ!」


 アネッタの目の前、赤い飛竜の背にユウトが楽しそうな笑みを浮かべて鞍に跨がっていた。


「なにっ、貴様ァッ、いつの間に!!」

「やはり先ほどの爆発もやり過ごしていましたか……」


 唐突に現れたユウトの存在に驚きと憤慨を露わにするヘイルとは対照的に、アネッタはもう慣れてしまったのかあまり驚かなくなっていた。

 

「異世界人、貴様のせいで我が家宝の聖槍が紛失してしまったではないか! あと、勝手に我が飛竜の背に乗るな!」

「にぃ」

「何を笑ってる!? カイトも何故容易くこいつを乗せているのだ!」

「…………グゥ」

「なに? 既に贈り物を頂いてるだと……どういうことだ、説明しろ!?」


 相棒の飛竜の足元で怒声を上げるヘイルだったが、そんなこともお構いなしにユウトは愉快そうな笑みを浮かべ、飛竜の方も実に落ち着いた様子で地面に置かれた何かを貪っている。


(ヘイル殿の飛竜が食べているあれは……先ほど少年が手にしていた魔獣の肉塊?)


 ユウトがディ・ハーガの巨体を解体して手に入れたそれをまさか飛竜を手懐けるために使うとはとアネッタは感心するものの、そこで新たな疑問が生まれる。


(まさかこの少年は最初からこのつもりで行動していた……?)


 城や街から離れたこの場所に魔族が現れることも、巨大な魔物が現れるということも、その後ヘイルが現れることも。 


 セルティが攫われることも、のか――。


(いや、まさか……)


 いくらなんでも思い込み過ぎだとしてアネッタは頭を振って気を取り直してヘイルの方に向き直った。


「ヘイル団長殿。先ほども申したように、姫様が……」

「分かっている。早く救出せねばならないが……」

「――にぃ」

「この……異世界人がっ!」


 相棒の背に無断で乗った挙げ句、誇らしげに笑みを浮かべるユウトに対し苛立ちを募らせるヘイル。そんな彼にアネッタは横から進言する。


「ヘイル団長殿、もしかしたら彼は役に立つかと思われます」

「なんだと?」

「姫様を連れ去った魔族はドラン山脈の方角へ飛び去って行きましたが、その後の足取りは分かりませんが、姫様の行く先を彼なら見つけ出せるかも知れません」

「どうしてそう言い切れる?」

「なんとも説明はできないのですが、何となく彼は。正解を引き出すことが出来るというか、ものすごく直感が冴えている……そんな印象を感じています」

「奇抜であることは認めるがそこまで評価されるものなのか、こいつは? 愚か故に暴走しているガキにしか見えんが」

「しかし、それでも彼の中には何かがある。私たちも彼のそれによって助けられたと思います」

「…………むぅ」


 ヘイルはアネッタの話を聞きつつ、傍らで横たわる巨大な魔獣の亡骸を見やる。


 ヘイルの一回りも二回りも幼いような異世界の子供がこの中で立ち回りあの魔物を倒したという事実をヘイルは信じたくは無かったが、周囲の惨状から分かるその凄まじき戦闘の痕跡にまさかと思わざるを得なかった。


「事態は一刻を争いますヘイル団長」

「……仕方ない」


 ヘイルは観念したように項垂れながら飛竜の背の鞍に飛び移り、強引にユウトの手綱を奪いながら手前に座る。そして、鞍にくくりつけられた拳銃のようなものを空に向かって撃ち放つ。


 煙を吹き上げながらそれははるか上空で小さく破裂すると光を輝かせて滞空し始めた。


「この信号弾でじきに応援の部隊が来るだろう。彼らに事態を説明して保護してもらえ」

「ヘイル団長、差し出がましいようですかどうか私も同行を……」

「定員だ。それに、姫様から彼らを頼まれたのだろう?」

「…………っ」


 アネッタの後ろで小さく控える施設の子供たち。今はもう頼る人もおらず、帰るべき家も何もかも失ってしまった彼らは心身ともに憔悴しきって喚く力すら残ってない様子だった。


「……分かりました。ここは、あなた方にお任せします」


 アネッタが飛竜の横から離れると、飛竜は大きな翼を動かしてゆっくりと空へ浮かんでいく。


「異世界人、振り落とされても知らんからな」

「にぃ」


 ヘイルの背後でユウトは目を細めながら白い歯を見せる。


 そうしてヘイルは信号弾とは別の拳銃型の装備を取り出して宝石のような緑色の魔晶石をそれに取り付ける。


 それを飛竜の真正面に向けて引き金を下ろすと撃鉄のようなものが魔晶石に振り下ろされ粉々に砕いた。


「イグニッション、ジュエルウィンディア――疾風はやての協奏、シルフの導き、我ここに千里を統べるものなり――」


 ヘイルが凛とした声で呪文を紡ぐ度に砕けた魔晶石の欠片が空気中で魔力となって霧散し、飛竜の周囲に風がまとわりつくように集まる。


「開け、神速の門――ハイグラインド!」


 結びの詠唱の後、拳銃の先から円状の魔法陣が飛び出して飛竜の眼前に展開される。


「グオオオオ!」


 翼をはためかせた飛竜がその魔法陣を通過すると幾重もの突風が彼らを高速で押し出した。


 その勢いは砂塵となって地上にも吹き下ろし、アネッタたちが一瞬目を離したと思った次の瞬間には既に視界から消え去ってしまっていた。


「…………頼みました、ヘイル殿、異世界人の少年」


 彼らが飛び去った北の方角の空を見つめるアネッタ。


 焼けた麦畑の煙が宵闇の中に吸い込まれながらその範囲を広げていく。


 その炎は今まさに王都の全てを飲み込もうとしていた。

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母をたずねて異世界へ~四つ子たちは元気いっぱいに大暴れしています~ テルヤマト @teruyamato

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