3-長男は森に
ここはどこだ……?
目を覚ましたとき、全身にのしかかる倦怠感と鼻につくような土の匂いに顔をしかめながら、俺はゆっくりと身体を起き上がらせた。
格好は山で遊びに行った時のままで服はびしゃびしゃに濡れて土汚れがついていた。手元に落ちていた眼鏡はレンズやフレームに細かい傷やら土くれがついていたが、概ね無事でそのまま顔にかけた。
どうやら辺りは夜のようだが頭上に見える月の明かりが照らしてくれているおかげで周囲をよく観察することができた。
そこは鬱蒼とした森の中で、自分のいる辺りだけが不自然に木々が生えていない。というより、草花一本すら生えていない。
こげ茶の地面は固く、まるでそこだけ山火事にあったかのような、隕石が落下して大地がめくれて
みんなは一体どこに行ったんだ。
辺りを探しても弟妹たちの姿は見えない。自分とは遠くに離されたのか、あるいは自ら起き上がって近くを放浪しているのか。いや、近くにいたのならまず寝ている俺を起こしにくるはずだからそれは…………。
そう考えが巡ったところで俺ははっとする。
そういえば、俺たちは確か土砂崩れに巻き込まれたはず。なのにどうして無事なんだ?
あれだけ大規模な山体崩壊なら地元住民たちにすぐ気付いてもらえただろうが、巻き込まれた俺たちの救助なんておそらく間に合わない。
車の中にいたアイカたちならともかく、外にいた俺や母さんは土砂で息する隙間もないほどに埋もれてすぐに…………。
「そうだ、母さん……」
理由は分からないが、俺が生きているなら母さんだって生きているはずだ。こんなところにじっとしていないで母さんを探さないと。
スマートフォンで呼び出そうにも手元に無い。車を飛び出したとき車内に置いてきてしまったし、母さんも同じ状況だったから仕方がないだろう。
周囲の景色はまったく見覚えの無い場所だったが、とにかくその場から離れることにして目の前の森の中へと足を踏み入れた。
森へ入ると月の明かりがぐっと遮られ、枝葉の隙間から多少差し込む程度であった。中は平坦な道のりで、そこに生えているのが背の高いマツのような木が一種類だけであった。木々の間隔も広く、森の中は意外と見通しがいい。
これが高低差がついた地形だったり、低木や雑草なんか生えていたらどこに何があるのか分からなかっただろう。
だが見通しがいいということはそれだけ迷いやすいというのもある。景色が変わらず、なにか特徴的で目標になるようなものがないと方向がすぐ分からなくなりそうだ。
俺は落ちている枝を見つけるとその度に地面に突き立て道しるべ変わりにして先に進む。視界は悪くないので、辺りを見回して人影を探しながらなるべく前進して距離を稼ぐ。
「結構広いか……?」
夜の森の中に足を踏み入れるのは初めての事ではないが、見知らぬ場所だけあって不安が無いどころかめちゃくちゃ怖い。だけど、それ以上に自分が長男であり家族を守らなくてはという使命感が俺を奮い立たせたのだ。
そうして森の中を突き抜けていくとやがて視界の先のほうが開けているのが見えた。どうやら森を抜けれるようだ。
「良かった……そんなに森深いところじゃあなくて……」
そう思って木々の間から抜け出そうとした――その時だった。
ヒュン。
そんな風切り音がどこからか聞こえて、反応する瞬間、目の前の木の幹に何かが音を立てて突き刺さる。
「――――ッ!?」
驚いて勢いよく後方に尻もちをついたら、続けざまに幾つもの風切り音が聞こえて目の前を何かが横切っていく。
「こ、これって…………」
木に突き刺さったモノ。それは細長い木の軸に羽のついた矢そのものであった。
どうして……こんなものが飛んで……。
思いがけない事態に思考が硬直してしまって、それが致命的な判断の遅れを生んだ。
ヒュン。
もう一度風切り音がして、思わずその方向を見てしまった。
飛んでくるその矢を視認したとき、既にそれは俺の眼前に迫っていた。
あっ。
やってしまったと思ってしまったとき、既におそかった。
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